笠木拓歌集『はるかカーテンコールまで』のかわいいの話
2024年3月24日、京都にて笠木拓さんの歌集『はるかカーテンコールまで』(港の人)の批評会が開催された。
久しぶりにお会いする方も初めての方も、インターネットを通じてお互いずっと知っていたけど20年を経て会うことのできた方もいて、とても楽しかった。
人と会うのはいいな、と思う。会える時に会っておかなくちゃ、とも。タッチしてもいいかなと確認してから触れる手の温度も、会わないと分からない。
会場発言で指名していただいた時に、笠木拓さんの歌の「かわいい」について話そうとして、でもたぶん自分でもまとめきれていない内容だったので話がとっ散らかってしまって、拓ちゃんごめんと思っていた。ので、今もまとまっていないけれど、少しだけ。(結果的に少しだけじゃなかったですごめんなさい)
ぼくの夢は夢を言いよどまないこと窓いっぱいにマニキュアを塗る
通学は放浪だからどうしてもパフスリーブのあの服が要る
笠木作品のかわいい(かわいさ、ではない)について語ろうと思った時にマニキュア、パフスリーブの歌はわたしは外せない。本来は手や足の爪という小さな部分に塗るマニキュアを窓いっぱいに塗るという願望の、枠組みを自分から広げていく感じ。そして、かわいいを例えば女性的、ガーリー、少女性のようなものと簡単に結びつけることには戸惑いがあると批評会の場でも発言し、でも少女的であることを否定するのも違う気がする、パフスリーブというモチーフ。無性のかわいいとは違う、でも実際の性だけには起因しないような「かわいい」として或る少女的なもの。このあたりの希求をどう説明していいのか、でも、かわいい、だろ、と思う。
批評会の日の笠木さんのマニキュア、黄色でかわいかった。わたしもマニキュアは黄色にしていった。平岡直子さんの黄色いスカートもかわいかった。
解熱剤噛み砕いては落ちてゆく夢に何度も性器を失くす
祈りつつ切手を貼るよ 性と心が癒着するしかない身を生きて
スプーンの柄に絡みつく銀の蔓憎むと決めて男を憎む
詩的で、つかみどころのない優しい歌も多い(好き)笠木作品だけど、このあたりの主張はかなりはっきりとしている。解熱剤、切手の歌については各所で何度も引かれている。なんで熱のある時の夢じゃなくちゃ失くせないんだろうね、なんで癒着するしかないんだろうね、と読むたびに、簡単に「分かる」とは絶対に言えないけど、でもぎりぎりと心を絞られるように思う。「憎むと決めて」の、この感情より先に理性が介入してくるところが苦しい。獣、けだものというものを抑制しようとする歌も目についた。
つよいまけないピンクがほしい息つめてリップグロスで塗る角砂糖
きっとかわいく生きててねっていう気持ちぜんぶを下手な握手にこめる
かわいいの話に戻ると、ピンク、pinkだよねと思う。岡崎京子、大森靖子のようなピンク。与えられたり、役割として押しつけられたわけじゃない、自分でつかみ取った自分だけの、「つよいまけない」ピンク。わたしもそれがほしい。でも強くならないといけないのは、弱くて負けたらいけないからだろうか。下手したら消されるかもしれないこんな世界。じゃなかったら、戦わなくても、弱くても、大丈夫だったかもしれないのにと思う。
ピンクに性はないけど、リップグロスにも性はないけど、かわいい少女的なものにつながっていくピンク、つよいまけない。だって最初から特権を与えられていたら、つよいまけないって言わなくてもいいじゃないですか。
リップグロスで塗っているのが、唇じゃなくて、自分の外側にある、グロスなんかで塗ったら崩れそうな角砂糖なのに泣く。
大森靖子の「絶対彼女」の歌詞に「君もかわいく生きててね」というのがあって、「きっとかわいく生きててね」につながっていく。『硝子のボレット』の批評会の翌日に、新宿のカラオケボックスで笠木さんと「絶対彼女」を歌ったことがあるのだけど、そこで歌った「かわいく生きててね」は、強く生きていこうねと同じような、でも、強く、では表現できない祈りだったと思う。
最近、うちの四歳児が「かっこよくなりたい」と言うので、「かっこいいってなあに」と聞いたら「めっちゃかわいくなること」という答えが返ってきた。うん、もう、めっちゃかわいくなろうぜ。
余談だけれどあの時のカラオケに歌いたかった「ノスタルジックJ-pop」が収録されていなくて、スマートフォンでYouTubeに上がっていたMVを流しながら歌ったのが記憶に刺さっている。
トーキョーに来るたびにお茶しすぎるよ ぜんぶ追伸みたいな会話
これもまた余談だけれど、地方に住んでいると、友達に会いに行く東京は「トーキョー」だなと思う。たとえば美術館に行くとか、大きな遊園地に遊びに行くとか、東京でしか買えないもの食べられないものを求めていくとか、そういうんじゃない、あなたやあなたに会ってお茶したい東京。
今回の京都でも、一人であちこちに行くよりも(それも楽しくはあるんだけど)人と会って、なんでもない会話、追伸みたいな会話をしていたかった。だから、じゃあまたね、って手を振った瞬間に、さっきまできらきらと輝いて見えていた美味しそうな抹茶のパフェの写真が色あせて見えて、少し怖かった。
僕は風ではまだなくてマフラーの毛先の種子をつまんで落とす
かわいい、かわいいの先を突き詰めていったら何になるんだろうね。風かな。実体がなくて、でも無性とかそういうんでもなくて、自由などこにでも行けて、いやもっと強い風に吹かれるかもしれない風。何だろう、何だろうなと答えが出ない。
というようなことを批評会の時に言いたくて、でもちゃんと言えなかったから笠木さんにイノダコーヒ本店で直接言おうとして、でもそうしたらそこで泣きそうだったので、まとめようと思ったのだけど、全然まとまらないな。
好きな歌はいくつもあるけど、少しだけ。
やさしいだけの王国が欲し領土より旗より雪の呼び名を決める
地下鉄を出たなら日照雨(そばえ) もう誰を助けられなくたっていいから
今度雨の日に会う時は、傘を忘れないようにするね。