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「やってみるけれど最後までやらずに途中で放棄して逃げる」それが問題。 【いつか季節が廻ったら #8】

半年以上先の国際学会。
アメリカである学会に行こうと思うと、円安も拍車をかけて、約1週間の会期で 50 万円近くかかる。
大きくは渡航費、参加費、滞在費である。
 

さすがに研究費では用立てできない。

旅費を得るために、申請書と書類を揃えて、競争的資金に応募した。採択されれば、自前の研究費や自己負担なしで学会に参加できる。

申請書は夜中が締め切りだった。
調査に使うこともあるので、ストックしておいたお湯で戻せばご飯として食べられるアルファ米のご飯を二人で食べて晩御飯にし、深夜までかかって二人で必死に仕上げたものだった。


この申請書が採択されれば、「研究業界」では一つの業績にもなる。
いわゆる「外部資金獲得状況」の欄に記載することができるのだ。
 
奨学金の返還免除を狙いたい。入学当初、そう意気込んでいた。
採択されれば、奨学金返還免除を狙う同級生たちに差をつけられる。
「外部資金を獲得し」、さらに「国際学会で発表」となればポイントは2点である。
 
そんな思惑もあり、この競争的資金に応募、採択されていたのであった。
奨学金の返還免除、それがなくても、「無料」でアメリカに1週間行けるとなれば、多くの学生が喜ぶだろう。
 
私が彼の同級生で、渡航費を出してもらって海外に行けると聞いたら、
「うらやましい」その一言に尽きる。・・・私が彼の年齢のころ、残念ながらこういうチャンスには恵まれなかった。
 
もし、博士後期課程に進学する、という選択肢をとった場合でもこれは業績として強い。
快挙だった。
 


先日
「いやだ、できません。」そう言い放って国内学会の発表をキャンセルしたばかりだった。

「これまでのあなたの言動、私は傷ついたよ。」
「それでも一緒に研究する道を選ぶなら、信頼回復は必須だよ。」
「それをやってみるなら、つまり信頼回復を計ることを考えてくれるなら、もういちど一緒に研究しよう。私の唯一の条件。これだけはお願いできないかな。」
そう約束したはずだった。

状況は2か月前に戻っただけだった。
「約束したよね。信頼回復を計りながら続けようって。あの意味、本当にわかってくれてる?」

「わかりました。やればいいんでしょう?やれば。」
 
そう言って部屋を出て行った。
 
熟考の末、私は年下彼に言った。
「そんな態度で行く必要はない。
研究費出資元には私から連絡するので、最近来たメールを転送してちょうだい。書類には「指導教員」として私のサインもあるから、私が責任もって連絡する。」
 
「だから、行くって言ったじゃないですか。」
 
「最近のあなたの態度は何?態度悪すぎるよ。
研究費ももともとは税金。そんな態度で行く必要はないよ。」

「あなたは本当に言うこと聞かないよね。あと少しでできると言っても、やらないもん。学会発表も十分時間があるからやればできる。作業ベースでやることを言っても、やってこないよね・・・。」

「先生、それは違いますよ。やってます。」


「・・・そうね。やってはいるよね。私の今の言い方、まずかったと思う。」
「やってはいる。それは認める。でも、最後までやらないよね。どう見ても「逃げてる」と思うんだけど?」

「どれも中途半端になってしまって、「やった」「できた」というところにたどりつかない。「逃げてる」よ。
論文もあのままめげずに再投稿していれば今頃、採択 (アクセプト) されていたと思うよ。 二人でめちゃくちゃ喜んでるころだと思う。「よかったね、やりきったね」って。」

「・・・逃げてますね。」
「なぜ、最後まで一つでもやらないの?」
「・・・。」
「・・・。」

今考えると、自分がなかったのかもしれない。

そして、決めたら白か黒しかない。
黒い世界に白い絵の具をまき散らかしてグレーにしてやりたいと、何度も思った。
圧倒的に年下彼の方が体力も力もあるので、返り討ちに遭って、私が真っ白の絵の具まみれになるだけだとわかっているけれど。別にそれでもよかった。考えが少しでも柔軟になってくれるなら。

何度も何度も言葉で言ったけれど、決めたら変わらない。

出資元に連絡した。
「まだ最終決定まで時間がありますので、様子を見てください。」

2か月の猶予をくれたが、結局年下彼に私がそれを言うことはなかった。
長袖のブラウスを着るようになったころ、国際学会を正式に辞退した。

年下彼に辞退届にサインさせ、遠くから気遣ってくれた出資元事務担当者に感謝の言葉をしたためたカバーレターを付けて送った。

見ず知らずの、出資元事務担当者。年下彼を心配してくれていた。頑張ろうとしている若い学生。みんな応援してくれているのだ。

「なんで最後までやってくれないのだろう。」
「なぜ拒否するんだろう。やればできるのに。」

「拒否する理由を "言語化できる範囲でもいい"、 話してくれたら一緒に考えることもできるのに。」

涙がでた。


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