見出し画像

学生に向き合いたい私と、学生に無関心な学科の先生 【いつか季節が廻ったら #9】

何がしたいのかが分からない。そんな日が続いた。
そして、関係がぎくしゃくしても年下彼は時折私の部屋には来た。
ただ、そのころには目を合わせて話すこともなければ、話しかけても常にふてくされていた。
 
「一体何なのか。」
困惑するばかりだった。
 
あるとき、研究室のゼミの日にやってきた。
私のゼミは「手書きで紙にメモを取ること」。全ゼミ生に強く求めてきたことだ。配属時にノートまで支給している。

昨今、ゼミの資料はメールなどで共有され、必要なら自分で印刷して持って来なさい、が主流のようだ。コピー代だって各教員の研究費から支出される。微々たる金額だが、毎回コピーしていたら馬鹿にならない。

ゼミ生お互いの発表から学ぶこと、
自分の発表についての議論や指摘事項について、自分で理解すること、
これを大切にしている。

スマホ、タブレット全盛期のこの時代にあって、ゼミレジュメは毎回人数分コピーして配布する、というアナログ式だ。
毎年私の棚には、ぶ厚いゼミファイルが追加される。

ひょっこりとゼミにやってきた年下彼。観察するでもなく観察すると、メモは一つもとっていなかった。普段ならメモを取っているのに。

今年の4年生は進捗が早かった。夏休みに入る前にはすでに大まかな研究枠組みが完成しいて、「しばらくはデータを集めることが仕事だね」という状態だった。

年下彼が後で部屋に来たので、ゼミには出なさいよと告げた。
「先週は来たけれど、あるはずのゼミがなかったです。」
「人数が少ないので、調整しながらやっているのは、前から知ってるよね。ゼミがあるかどうかは、ゼミ生に聞いて確認しないとだめじゃない?」

「去年もだったけど、4月につくった計画はすぐに頓挫したのよ。
あなたがしばらくはゼミに来ないと言っていたので、4年生のスケジュールを中心に組みなおしたのよ。4年生も就職活動や公務員試験があって、予定が変更になりがちだったから、相談して飛び飛びのスケジュールになってるの。

ゼミ発表をするなら、まだまだ空いてる時間帯があるのだから、そのタイミングの時間に入るように準備してくれるかな。」

この数週間前、年下彼が怒り、自分の発表の回を無断欠席していた。
メールで問い合わせると

「ゼミには行きたくないから行かなかった。しばらくゼミにはいきません。」と返信が来ていた。
上の立場の者が、それでも来なさいと言うのは気が引ける。

昨今の大学は、「言ったもん勝ち」傾向があり、もし学生がパワハラと言ったならば、大学がこちらの主張を無視して、「パワハラ認定」するかもしれないということが脳裏にちらつくからだ。

いくらこちらの主張が正当でも、大学から無視される可能性がある。
それに、本人がしんどいのであれば、「有給休暇」的に休憩するのもアリだと思うからだ。いつか脱して戻ってくるのを待つのもこちらの仕事だ。しんどさは本人にしかわからない。

「はい、そうですね。わかりました。」
そうは言ったが、彼がその後ゼミに来ることはなかった。

 
 
あるとき、私は、年下彼に言った。
「「機嫌を取らされていた」のであれば、それはとりようによったら、「教員が学生にパワハラをしている」と言われているに等しいと思う。
そのふてくされた態度も、不満があるからじゃないのかな。
 
「機嫌を取る」そう主張し続けるなら、大学に私をパワハラで訴えても構わないよ。本当にそう思うなら、そうしても構わない。
先生の大学での立場とか、そんなことを考える必要はないよ。学生に主張する権利はある。」


「パワハラとは思っていません。」
「じゃあ、どういうことなのかな。「機嫌を取らされていた」なんて発言は、普通は言わないと思うんだけど・・・。私も長いこと学生やってたけれど、どんなに嫌だなと思った先生に対しても、そのセリフを言おうと思ったこと、ないんだよね。」
 
 返事もなかったが、年下彼が訴え出ることはなかった。
 
梅雨に入るころ、学科長に面談をしてもらうように依頼した。
修士課程の標準的な年数は 2年。来年1月には発表会が控えている。
うかうかしていたら、修了に間に合わなくなるタイムリミットが近づいていた。

休学すれば所定の2年の年限在籍し、プラス2年休学扱いとして大学に籍を置くことは可能だ。
ただ、就職内定を得ている今、どうにか修了しないと、場合によっては「内定取り消し」もありうる。

就職活動をしていた時期、散々
「ニートになってしまう。」
「新卒カードが使えるのは今だけ。」

そう主張していたのに、年下彼は失速したままだった。


「面談しましたが、ほとんどしゃべりませんね。彼。おとなしい感じで、「悪態をつく」というのは想像しにくい。話は振ってみましたが、担当の先生の悪口といった類のことは一切言いませんでした。自分のやる気が低下しているということだけ。」

「そうですか。ほかには何を言っていましたか?」
「詰め込みすぎてキャパオーバーだったと。断るという選択肢を知らなかったと言っていました。」

「それで、どうしたいと言っていたのですか?主査を変わりたいとか、修了までどのようにしたいのかとか?」
「それは分かりませんでした。彼ほとんどしゃべりませんから。」
 
情報は得られなかった。私が知っていることばかりだった。大学内で一番年下彼と長い時間接してきているのだ。
相手が変わってもそれ以上に自分のことを話すことはないのか。


しかし、学科長には「私ではない」人として、もう少し踏み込んでほしかった。何のための面談だったのかしら、そう思った。
どうしていきたいのかを聞き出してほしいと依頼していたからだ。
 
後で分かったことだが、学科長は失速した学生、去っていきそうな学生のことなんてどうでもよいと思っていたようだった。私が、怒りながらも助けを求めて相談に行っても真剣に取り合ってはくれなかった。面談もいい加減にしか相手に向き合ってなかった可能性がある。

 
のちには、年下彼と面談しても指導教員であるはずの私に報告や相談すらしてくれないことがあったのだ。

職階が下だから、取り合わなくてもよいと無意識に思われていたのか、本当のところは分からない。

ただ、私がずっと感じていたのは、学科長が真面目に取り合ってくれなかったこと、ある時から言い訳ばかりされるようになったこと、それだけだった。

最大の問題は、学科長がこの件をキープしたままにしたことだろう。私が年下彼に直接連絡すると、横やりになって事態が余計に複雑になるかもしれない、と思い、連絡を直接することをためらうことになってしまったことかもしれない。


いいなと思ったら応援しよう!