【第2回】障害児とその家族のあれやこれを話してみよう
スピーカー:マコさん(MK)、筒井さん(TS)、まりうたさん(MR)、たまき(TM)
前回に引き続き、今月はマコさんと全盲で障害者支援や動画作成をされている筒井さんやまりうたさんもご一緒にお話しました。
前回までのあらすじ…
障害にまつわるいろんな方の声が聴けたらと思います。皆さんの障害に関する情報交換や障害に関わらない方も情報が聴けるような場になればと思うので、お気軽にご参加ください。
1.イタリアにおけるフルインクルーシブについて
たまき(TM):障害に関わるヒアリングをする中で、イタリアではフルインクルーシブが1970年代から導入されているって話を聞いたんですね。導入当初は大変なこともあったようなんですが、今は一般の公立学校に視覚障害の子がいたら特別支援の先生が派遣される…みたいに、誰でも入ってOKですよっていう教室のあり方があるみたいで。日本だったらセキュリティの観点からそんなの無理じゃないですか。
そんな中で、この分断された環境において、インクルーシブって本当に必要としている人、どれだけいるんだっけ…って迷走しているのが、もっぱらの悩みです(笑)皆さんの意見を聞かせてください。(めちゃくちゃオープンクエッション)
マコさん(MK):多言語教室に息子を通わせていた時に、目が見えない中でいろんなことにチャレンジしていてすごいね〜と、強みとして見てくれるところに異文化を感じたんですね。
MK:インクルーシブが必要かどうかというのは、社会的に自分のことでいっぱいいっぱいの人が多いから、感じてしまうことなのかも。精神的に安定していたり、金銭的に満たされている人だと、周りにも気遣いする余裕があると思うけど。。。
2.障害に対する社会の『無関心』について
TM:この間「無関心」について話したんですね。無関心って、例えば道で障害のある人と通りすがったときに、無関心だと「存在しない」ものとされてしまうよね。それって悲しいことだよね、という話をしました。
MK:うーん…それって難しいしわかるのだけど、当事者からだとそう感じるけど、「やってもらえるための存在ではない」という認識も必要だと思ってるんですよね。
例えば、電車に乗って席を譲ってもらえたけど、いつもそこで「当たり前」と思わずに、「足鍛えてるから大丈夫~本当にありがとうね」って譲り合うことも大事かなって思ってます。障害者が「いつも気にかけてもらえる」って当たり前だと思うよりも、「困ったら言ってね、こまったらいうね」っていう関係性のほうがいいな。
逆に、障害のない人からは「いつも助けてもらえると思ってるの?」と思う人も出てくるだろうし、結果として反対に生きづらくなる人も出てくると思うんですよね。お互いにフェアな関係がいい気がする。
だから、「障害を持ってる側も自分からどんな障害を持っているか発信する」ことが大事。100人いたら1人、障害について知ってもらえる人を増やせられるくらいに考えて。障害でも得意なことがあったらやるし、助け必要な時は声をあげるという発信をしていく必要もあると思う。
筒井さん(TS):さっきイタリアの話がでましたが、『ミルコの光』って話を思い出しました。
2007年の映画で、実話をもとに作られたんですが、銃の暴発で見えなくなった子供の物語です。実際デモをするシーンがあったり、盲学校がなくなった経緯なんかもはいっていたりします。
北欧ではインクルーシブがあたりまえなんですよね。
だからこそ、障害者でも仕事ができる人は支援しない、仕事ができない人は支援するっていうのがむしろ徹底されている。スキルを活かして働いてもらうっていうのが、当たり前なんですよね。
日本は、年功序列型、学歴主義だけど、海外は100%能力主義に移ってきている。日本はそのあたりが全然追いついてないんです。私より上の世代は、学歴主義がほとんどで、目が見えない=マッサージしている人でしょ、って平気で言ってくる。
あと視覚障害者が変わる必要があると思ってます。やってもらう重視になってしまっているのが、抜け出せてない。無関心だけど、そうさせているのはこれまでの教育の結果だから、自助努力が必要だし、むしろ若い世代はそういう組織に入らないですよね。
MK:たしかに若い世代は「障害」を公表している人が多い、XとかSNSでも。問題にちゃんと自分で向き合って模索している、取り組んでいる世代が多くなっているとおもいます。
TS:サポートを得ることができる人、できない人がハッキリしていると思う。サポートを得ることができないから「できない」と言ってる人をたくさん見てきた。
3.過剰サービスとバリアフリーの関係について
TS:この間ガストの受付で1人でご飯食べれますか?と聞かれたんですね。さすがにご飯は食べれます…と思って、、、過剰な感じだと、大丈夫ですよと言いたくなる気持ちもあるんですね。
TS:というのも、ファミレスでは最近人員減らしをしていて、ロボットを入れ、人が接客をしなくなってきているんですね。
MK:便利が視覚障害には不便なこともありますね。タッチパネルになって、注文ができなくなったという話はよく聞きました。今はスマホ連動して解決したって言ってましたが。
TS:日本は物理的なバリアが多いですよね。バリアフリーがない外国って実は多いんですよね。海外から日本に来た人はバリアフリーが行き届きすぎていて、おどろかれます。例えば、点字ブロックって他の国にはないんですよね。日本では、それがないと視覚障害者は歩けなくなっている。
TS:歴史がそうしてきたんです。公共の場がバリアフリーじゃなきゃだめだと、国家政策がそうさせたんです。専門的なところは専門家に任せておけばいい、という現れにもなりますね。すると、目の見える人が視覚障害者と会うことがなくなる。
MK:視覚障害者との触れ合いが、周りにとっても学びになるはずだと思いますよね。こうありたいに進んでくのが難しいな。
TS:海外に住んでる人と話をすると、障害に対する理解度が違うことにも驚きます。日本での政策の違いを「異文化」として経験し、日本に帰ってきた人は障害をはじめとした「異文化」を受け入れる耐性ができているんですね。
TM:なるほど!たしかに、私の代より下の世代は海外留学が当たり前の世代になっていて、やっぱり1個下の世代は固定観念が少ないし、新しいものを受け入れる耐性があるように感じます。海外経験があるのとないのとでは、障害の受け入れ方にも違いがでてくるんですね!
4.全盲でプレゼン資料や動画制作をしているわけ
TS:ここ最近は、健常者に対してスライドを使って全盲の世界をどうプレゼンしたら伝わるんだろうか…というのをずっと考えていました。かれこれ1年以上悩んで、絵文字や写真を使えばいいんだということに行きついたんです。全部文字だとみているほうが疲れちゃうから。
なので、自分を写真、絵文字、アニメーションで表現できるようになりました。iPhoneが出てきたのはおおきいですね。使うようになって世界が変わりました。
TM:え…全盲で絵文字や写真を使えるんですか…?どうやって…???
TS:写真を音声説明してくれるんですよ。iPhoneはどんな人でも使えるような仕様になっているので画期的ですよね。おかげで動画編集もできるようになりました。アイムービーで動画作成していますが、ここまでiPhoneを使いこなせる人なかなかいないとメーカーさんに言われるほどです(笑)
まりうたさん(MR):見えなくてそこまで極めてやっていくのは、強みになりますね。そこまでこだわれるのは才能があるからだと思います。
TS:暇があったら常に触るようにしているんですよね。見える人が見えないものが撮る『Apple Lifeあれこれ』という動画シリーズをやっていこうと思っています。視覚障害者からみたスマホのあれこれです。
普段は外付けキーボードで使ってiPhoneを操作しています。フリックだと場所がわかりづらいので、おすすめです。
MK:ぜひ私にも教えてほしい!!(笑)
さいごに…
社会の『無関心』についてのお話、非常に考えさせられました。若者から「違い」を受け入れられるようになってきているのは、海外経験がある人ほど障害だけでなく「異文化理解」ができることが多いという視点は、大きな発見でした!皆さん、貴重なお話ありがとうございます!!
来月以降も、こんな感じで情報共有やゆるーくお話できる場を設定したいと思っています。お気軽にお越しください☆彡
※ちなみにTOP画像は渋谷のハチ公前にて。平日の渋谷は日本人より外国人の方が多いし、色んな服装、髪型の若者が多くて、異文化共生そのものな世界でした🌍