「ボヌール・デ・ダム百貨店」エミール・ゾラ
19世紀パリを舞台に、新たな消費システム「デパート」の台頭と地方から出てきた主人公の必死の日々を両輪として進んでいく作品です。ゾラの作品の中で一番心を鷲掴みにされたもので、個人的なツボを書き留めたいと思います。初めて読んだ際には、読了するのが惜しくて区切りの良いところになると本を持ったまま遠くに気を飛ばし、現実逃避をしながら少しずつ読み進めていたと言う思い出があります。
まず、2人の弟とパリへ出てきてデパートの従業員になる主人公ドゥニーズが健気で、私は全身すっかり感情移入してしまいます。まだ垢抜けない田舎娘の彼女が、勤めるデパートにて先輩店員や客の陰湿な笑いの餌食にされる描写など、こちらが悲しくなってしまうほどリアルです。ゾラは心の中に女子のハートを潜ませていたのかと思わずにはいられません。また、主人公と弟の関係性が泣けるのです……。弟のために夜なべで内職もしてお金を稼ぐ姿に、そうだよね、お金ってこんなに必死になって稼ぐものなんだよね。としみじみ思わされました。爪に火を灯すようにしてお給料を稼ぐ人がいる一方で、デパートでお金を狂ったように使える人もいる。デパートが資本主義社会の姿を鮮やかに描いていて、でもそれは現代まで何も変わらずに続いているのです。ドゥニーズにとって、明日からどこで寝て食べるのかは目の前につきつけられた現実問題で、労働者は昔も今も変わらないのだなと思わされます。しかし、どのような境遇にあっても社会と自分を自分の感受性で見ることができる彼女の姿に、とても惹きつけられ、救われました。
さて、この素直で芯のある主人公ドゥニーズの相手役となるのは、彼女の勤めるデパートの経営者であるムーレとなります。社会的な関係性だけを見ればドゥニーズはさながらシンデレラストーリーのプリンセス、と思わせられるのですが、彼女はムーレに対して独立心があり、自分に選択権があることをしっかりと理解しているのが安心して読めるポイントでした。二人の関係が構築されていく過程の心理描写も読み応えがあり、挿絵を元に脳内で映像化して読んでいくのも面白かったです。2人が登場するラストシーンは、本作で一番好きなシーンです。ハッピーエンドが大好きな私にとって、これ以上ない、と言う位のラストでした。あまりにも好きすぎて、読了後同じ箇所を繰り返し読んだ挙句、フランス語の原文でも読みたくなり大学図書館の地下に潜って原書を探したと言う執着エピソードまで持っております。ゾラがどんな言葉を使って書いたのか、読んで咀嚼したかったのです。あの時のなんとも言えない味のある図書館の紙の匂いは今でも覚えています。
この作品を読んでいる方があまり周囲にいないため、ハッピーエンドやパリを舞台にした作品がお好きな方は是非お勧めしたいです。ちなみに、前述のムーレはゾラの前作「ごった煮」での主人公を努めているので、よろしければそちらも是非。さらにちなみに、「ごった煮」を読んだ後はもう一度「ボヌール・デ・ダム百貨店」を読まれるのが精神衛生上よろしいかと思います!(無限ループのススメ)