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成人式前(ショートショート)

夜明け前に山登りしている一行の姿は、数日温かい日が続いたせいで勘違いして咲いてしまった桜のようだ。まだ誰もが行動していない世界の中で行動していることに違和感を感じる。

なぜ僕らはこんな夜明け前に山を登っているんだろう。さっきまで成人式前の同窓会でかつての旧友達と酒を交わしていたはずなのに。

なぜこうなった。

そんなこと、思い出そうとすれば至って簡単に思い出せた。誰かが言い出したんだ。

「もう数時間したら朝になる。折角だから朝日を見に行こう」

当時からクラスの盛り上げ役だった高崎が言い出したのだろう。高崎の一言に賛同者が続々と現れた。相変わらずノリの良い奴ばかりだ。

結局、15人程が朝日を拝むために山登りに参加することとなった。その中に、かつて片想いしていた吉田さんもいたから、僕は心の中でガッツポーズしていた。

吉田さんを始めて認識したのは高校三年の時、クラス替えで同じクラスになった時だった。それまで彼女は何処にいたのだろう。いや、それまで僕は何を見ていたのだろう。彼女を認識して以来、知的で謎めいた雰囲気を醸し出す彼女をいつも目で追っていた。春の終わりに席替えがあって、吉田さんが前の席になった。この時も、僕は心の中でガッツポーズした。

前後の席になったから、気楽に色んな話をするようになった。吉田さんにとって僕は気楽に話ができる相手だった。だから吉田さんの好きな人についても気楽に話してくれた。その好きな人ってのが、高崎だった。吉田さんが高崎を見る目は、吉田さんが僕を見る目とは明らかに違っていた。それは僕が吉田さんを見る目と同じだった。

だからなんで吉田さんが山登りに参加しているのかもだいたい察しがついた。

そうそう

そう言えば飲み会の中盤で吉田さんと話をする機会があった。僕はお酒で頬を赤らめている吉田さんの前に座った。

「吉田さん、久しぶり。高崎あいつ相変わらずムードメーカーだよな」

「うん、高崎君は今でも高崎君って感じ、もう成人なのにね。実感湧かないな」

吉田さんはほろ酔いなのだろう。続けて、哲学的なことを質問してきた。

「早瀬君、大人ってなんなんだろうね」

その問いに僕はなかなか答えられなかった。僕も大人ってなにかわからないから。20歳ってもっと大人だと思っていたのに、いざ自分が20歳になってみたら、全然子どもで。でもこうやって堂々とお酒も飲めるような年ではあるんだよな。

僕も酔いに任せて思っているままを口にした。

「大人ってなにかわからない。けど、大人ってなにかわからないって考え出すのが大人になってきてるってことなんじゃないかな」

吉田さんは微かに笑い、飲みかけのカシスオレンジを一口呑んだ。

「早瀬君は高校の時より大人になったのね。向こうで可愛い彼女でもできたのかな」

あの時、僕は今でも君に片想い中だよ。と言えばよかった。肝心な時に勇気が出ない僕は、果たして大人の仲間入りをしてよいのだろうか。

そんな、ついさっきの出来事を振り返っているうちに山頂についた。山登りといえど低い山だから15分程度で到着した。そこから30分程待ってたら朝日が登ってきた。

朝日ってやっぱり凄いや。さっきまで実家の薄暗い部屋に居たのに、急に紅白の舞台に立っているかのように世界を広げてくれる。風さえも、きらり、と光っているように見える。

朝日の美しさに感動していたら、誰かが袖を引っ張って。

振り返ったら朝日に照らされている吉田さんがいて。

吉田さんの耳元のピアス、黄金色に輝いている。

そこまではっきり照らされてようやく気づいた。僕が吉田さんを見ていた目で、吉田さんが僕を見てくれていることに。

そして吉田さんは僕の耳元で囁いた。

「早瀬君、あのね。わたし、成人式、になんかじゃなくって、早瀬君、あなたに、私のこと大人だって認めてもらいたいの」

吉田さんは、そうとだけ告げると、僕の返答も待たずに皆の所に駆けていった。


終わり


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宝積たまる
ここまで読んでいただきありがとうございます。