40代サラリーマン、アメリカMBAに行く vol. 18 〜起業家に聞く7
バブソンMBAでの授業とは別に、ボストン・日本人・起業家をテーマに、起業家に会って学ぶ活動。今回はボストンで着付けビジネスを行うSeiko Kitagawaさん。東京のプロダンサーだった彼女は結婚を機に引退し渡米。お子さんが3歳の時に「そろそろ本当の自分に戻っていいんだよ」という旦那さんの言葉で仕事を始める。選んだのは和服の着付け師だった。
この楽しさを
他の方にもシェアしたい
Seikoさんと着物の出会いは北島三郎さんのバックダンサーをしていた時。北島さんのショーは、ドレス姿で洋舞を踊っていたところから一瞬で和装に着替えて日本舞踊を踊る。プロの衣装さんが大体着付けてくれるとはいえ、腰紐を結んだり、襟を合わせたりといったことは自分でやらないといけない。その時にある程度着付けの手順を覚えた。
その後ブルーマンのショーのためにアメリカから来ていた旦那さんと出会い、ダンサーを引退。お子さんが生後半年の時にはブルーマンのショーも千秋楽を迎えアメリカへ。ラスベガスを経てボストンに移り住む。そしてお子さんが3歳になった時、旦那さんの一言で背中を押された。「Seikoは本当に素晴らしい奥さんだし、素晴らしいお母さんだし、この3年間本当によく頑張ってくれた。ただそろそろ本当のSeikoに戻っていいんだよ。もう一度自分のやりたいことを見つめ直してみたらどうか。ダンサーになりたいならもう1度ダンサーをすればいいし、他にやりたいことがあるのなら他の選択肢を見出してもいいんじゃないか」
ダンサーになる道もあったかもしれない。しかしアメリカには本当にすごいスタイルの人たちがすごい踊りのスキルを持って踊っている。別に私がここで踊らなくてもいいんじゃないか。それだったら私にしかできないこと、自分だからこそできることを考えよう。
当時彼女は着付けのレッスンを受けていて、自分に向いていると思っていた。着付けの技術を自然と覚えられて、なにより楽しい。そして自分だけでなく、他の人の着付けもしっかりできる自信があった。着付けの仕事が頭に浮かんだのは他にも理由がある。旦那さんの仕事の都合でパーティーに出席することが多い中、着物を着て行くと周りに喜んでもらえたのだ。着物を着て街を歩けば「あなたに会えて嬉しい。今日1日すごく良いことがありそう」「どこの女優さん?」と声をかけられ、まるで有名人みたいな気分になる。 周りの反応がとても新鮮で、この経験の素晴らしさ、楽しさを、他の方にもシェアしたいと思ったのだった。ダンサー時代、彼女は自分が磨いてきた踊りを他の人に披露したい思いで、自分のために踊っていた。しかし次のキャリアを築く上で、今度は人の役に立てる仕事、人に喜んでもらう仕事をやってみたかった。和服の着付けは、その思いにぴったりだった。
ボストンはハーバード大学を始め一流の大学が揃う。教養の高い人が多く住み、着物に対する認知度も高い。日本文化への興味関心もあるエリアだ。きっとアメリカ人の方にも着物を着たい人はいるだろう。そして日本からの研究者や学生も集まる。そういう人たちに着物を着てもらう機会を作ろうと考え、1年後にはビジネスとして始めることになった。
私に発信できることは
何だろう
日本の大手ゲーム会社の創業者夫妻がハーバード大学で講演するためにボストンに来た際に奥さまの着付けをお願いされたり、東京大学の副学長がハーバード大学の学長就任式に参列した時にも着付けを依頼されたりするなど、現在彼女はプロの着付け師として活躍している。しかし最初の1年目はお客さんの反応はほとんど無かった。
ウェブサイトを作り、アメリカ人のモデルを集めて着物を着てもらって写真を撮ってサイトとSNSに掲載。着物は手持ちの中から人に貸せそうな成人女性向けの着物を5パターンほど用意したものの、依頼は数えるほどだった。ボストンに駐在している奥様たちから徐々に話が来てはいたが、大きく変わったのはSNSでの発信内容を工夫してからだった。
着物系インスタグラマーはたくさんいてそれぞれ色々な技術を発信している中、私に発信できることはなんだろう。友達に相談したところ、こんなアドバイスをもらった。「やっぱりSeikoちゃんの強みは、ポージング指導力じゃない?素人のお客さんをプロのモデルさんの様に表現させてあげる力があるよ」ただ着物を着てもらうだけではなく、着物を着た時にどうポージングすれば美しく写真に写ることができるのかということを、元々ダンサーの彼女だから発信できる。着物を着たら指先はこういう風にしましょう。頭蓋骨の位置はちゃんと背骨の上に乗せましょう。お腹は出さずに尾てい骨は真下に向けましょう。こうしたことを、なんとなくではなく、アカデミックとして正しいポジションを紹介し始めてからフォロワーが伸びた。
他にも友達の助言を取り入れていく。SNSは最初の1秒でコンテンツを見るか見ないかが決まる世界。そのためどういう情報を与えてくれるコンテンツなのかということを明確に伝えるように注意する。スクロールしていて何か面白いものが引っかかったら手を止めるわけなので、最初の1秒がすごく重要。1秒で一体何の動画なのかが分かる様にしているという。また音楽の選び方やシンプルなアカウント名の設定についても、友達がアドバイスしてくれた。こうしてあの手この手でアドバイス通りにやっていったら、本当にフォロワーが増えていった。
お客さんが広がっている理由は他にも考えられる。彼女は着付けビジネスと並行して、チャリティー活動にも取り組んでいる。ボストン近郊の施設を1棟貸し切って、着物ショーをしたり、着付け体験をしたりしている。参加費と着物の販売代は全て、小児うつ病センターと小児がんの日米両方の研究施設などに寄付している。コロナ禍の2021年はイベントができなかった代わりにチャリティー用カレンダーを作成。ボストンの各分野で活躍する女性12人をフィーチャーして、メイクアップした12人の女性の着物姿をそれぞれボストンの名所で写真を撮って1冊のカレンダーにして販売。モデルには、ハーバード大学医学部准教授の内田舞さんや平昌オリンピックのフィギュアスケート団体銅メダリストの長洲未来さんらもいた。この販売したカレンダーの売上も寄付。こうしたチャリティー活動も結果的にお客さんの裾野を広げることに貢献していると考えられる。
着付けビジネスを開始して4~5年目の頃、彼女は2年ほど仕事をクローズしている。旦那さんがワールドツアーに出るため同行。彼女は着物を来て世界を周ったそうだ。その様子は日本の有力誌でも紹介された。2年間は一旦途切れたものの、帰国後は安定して仕事を進めることができているという。
ボストンで着付け師の仕事をしているが、ボストンだけでなく、実は日本での着物やパフォーマーに関する仕事も広がっている。アメリカで着付け師をやっているということに価値を感じる日本在住の方がいてくれるようで、日本でのビジネスチャンスが増えたのだという。日本のお祭りのプロデュースをしてほしいといった話やショーに出てほしいといった話が来ている。
「海外で活動をしている私という商品に、興味と価値を感じてくださる方がいて、有り難いと思います。私のインスタグラムのフォロワーも8割は日本在住の方々です。こうしたことはアメリカあるある、海外で頑張るあるあるじゃないかと思います。こちらでの頑張りに対する評価が日本から返ってくるみたいで面白いです」そう話してくれた彼女から、自分にしかできないことを仕事にしていくヒントを教えてもらった。