立ち直る力をさがしている夜に
立ち直る力が欲しい。
今夜1番欲している。必要としている力。
はそれだ。
家族はみな早々と寝りについた。シーンとした暗がりのリビングで1人ランプの下、ブランケットにくるまっている。
「早くベットで寝なさいよ」と心の奥から声がする。
「ちょっとお待ちを」 ともう一人のわたしが引き止めにかかる。体がソファーに埋め込まれていく。
強風が吹くたびカタカタと窓がきしむ。
ぼんやりしたいのに、その音が妙に耳障りだ。
今日、仕事で打ちのめされた。
メインで立ち上げから携わってきた新規事業から離脱の宣告を受けた。
その事業に今後、1番力を入れる方針が会社で決まった。
そこから離れるということは…
あなたはもう会社に必要じゃないと言われたみたいで、朝起きた時は確かに白かったはず心のトーンが1日かけてグレーから黒へ染まっていく。
引き継ぎ業務を行いながら、ひとり立ちできるまで育ててきた我が子をあとはよろしくと手離すような切なさが心を覆う。
これからが楽しみだと思っていた我が子の成長過程見届けることが出来ない。
生き別れの母の気分。
ずっと荷が重くてプレッシャーになっていたのに…いざ離れるとなると無性にやるせない。心がペシャンコ。
今、暗がりのこのリビングで目の前にシェンロンが現れたら
「溢れる富より、美貌より、地位より、名誉より、立ち直る力を1つ頼む!」と言いたい。
どうか…。
自分の居場所はここでは無いと認めざる得ないがジワジワ心に迫ってくるってこんなにも苦しいのか。
業務の引き継ぎ後は、手から離れた仕事の分が早速、補てんされた。
元々、3人で回していた別の業務をほとんど1人で担当することになった。
そちらはメルマガ配信の業務。書いてる文章の評価を少しばかり得ることができそれが今の唯一の救いとなった。
そんなことでちっぽけな自己肯定感が埋まったりする。
立ち直る力が欲しいと1番に思いついたのは、少し前に立ち直る力を読んだから。
本書は、そのほとんどが作者の辻仁成さんから息子さんに向けて書かれたもの。
「息子よ。」という冒頭の呼びかけを、外したら不特定多数の人へのメッセージになるのでは?の発見から出版に至ったこの本。
辻さんと言えば学生の時に読んだ冷静と情熱の間が初めての辻さんの作品との出会いだった。
時々テレビでお見かけする辻さんからあんな切ない本が生まれるのかと不思議だった。
映画に思いっきり引っ張られ竹内豊みたいな人が書いてるような気になっていたから。余計に…。
名前しか知らない作家さんの顔を初めて見たときだいたい「あっ、こんなお顔なんだ!」イメージとかけ離れていることが多い。
作家さんをその作風から勝手にイメージしてしまいがちで起こる現象。(唯一の例外は山田詠美。この人から生まれた文だと想像通りだった。)
それからも時々、私生活でテレビを賑わす辻さんを見るたびに思ってきた。
あっ、あの情熱〜の辻さん今度はこんなことになってるのねと。
顔を認知してからも長らく、あの冷静と〜の辻さんだったが、ある時を境にわたしの中で大きく変わることになった。
きっかけは、テレビの密着。
父と息子2人きりのフランスでの父子家庭の生活様子を見てから。
料理がうまい。家族に対しての一手間を惜しまない。それだけでも愛の深い人なんだと関心した。だから冷静と情熱の間が書けるんだ。と、そこで合点がいった。
テレビに映る辻さんは、アーティストでも作家でもなく、ただ一心に息子さんを愛し守る1人のお父さんだった。
それからテレビの中で辻さんをお見かけする時、あっ! あのフランスで息子さんを大切にされてる辻さんに変わった。
印象が変わってから立ち直る力を読んだものだから、やっぱり余計に息子さんへの愛を確信した。
作中のなかでわたしが一番好きな話が
“そのためのカップラーメン”とう短編。
この本はだいたいが辻さんから息子さんへの語り口になっているが、その話しは唯一息子さんから辻さんに向けて発せられる言葉で始まっている。
「パパ、1日中家にいて掃除やご飯ばかり作ってばかりはダメ。」
「たまには飲みにいって。」
日曜日までこもって家事をする辻さんを労って、そのためにカップラーメンがあるんだからみたいなことを父に向かって言う息子さんとの素敵なやりとりからなる短編。
普段からきっと手料理をふるまって、家事をがんばっているからこその息子さんの発言なんだなろうと思う。
いい話じゃないかジーーンとする。
この本には他にもジーンがあちこちに溢れている。
それは辻さんが何度も立ち直ってきからだと察する。
優しく強い言葉達はその回数なんだろうな。
立ち直る力
それこそが生き抜く力。
何があってもまた前を向いて進める力。欲しいね。欲しい。
さぁ、明日も仕事だ。明後日もその次の日もまた。
物理的にもそろそろ立ち上がるしかない。ソファーに埋めこまれた体をよっこらせと起こしかけたとき、外からビックリするぐらい大きな歌声が聞こえてきた。
窓をのぞくと男性が強風にあおられながら自転車に乗って街をステージにしてる姿が見えた。
めっちゃ声デカいやん。
デカすぎるやろ。
その歌声が下手くそで、おかしくて、
笑った。
「あっ、今少し立ち直ったかも。」