好きも嫌いも、神の矢しだい
熱が冷めれば、不思議なくらい、バカバカしいほど。
「どうしてあんなに夢中でスキになったのだろう、あんな人のこと」と、
制御不能の熱い恋心に囚われたご経験はありませんか?
きっと、それは「神さま」のせい。
愛の神エロス(キューピッド)です。
エロスは、世界の始まりのときに大地の女神ガイアとともに、カオスから誕生した愛の神とされてきました。
その後、時代が下り、美と愛欲の女神であるヴィーナス(アフロディテ)の子供であると見なされていきます。
恋多きヴィーナスが母親ですから、父親が誰なのかは諸説あります。
さらに、エロスはローマ神話でのクピド(キューピッド)とも、同一視されていきます。クピドは、別名アモルとも呼ばれています。
西洋絵画でも、エロス(クピド)は美青年として描かれることもあれば、愛らしいぷよぷよの幼児の姿で描かれることもあります。
そして、このエロス(クピド)。
やっかいなことに、2種の矢を持っています。
一つは、「黄金の矢」
こちらは、射られた直後に見た人を好きになり、恋に落ちます。
2つ目は、「鉛の矢」
こちらは逆に、相手を嫌いになり、嫌悪感を抱き、避けるのです。
いたずら好きなエロスは、両方の矢を同時に放つこともあります。
一方に黄金の矢を、もう片方には鉛の矢を射る。この意地悪をされると、黄金の矢を射られた方の片思いのまま、その恋は成就しません。
エロスの矢は絶大な力を持ち、人間だけでなく神でさえあらがえません。
神さまの世界にも、さまざまな恋の騒動を引き起こします。
自分の矢をからかった万能の神アポロンに怒ったエロスは、アポロンには黄金の矢、河の神の子ダフネに鉛の矢を放つことで、意趣返しをします。
アポロンはダフネに熱い恋心を抱き追い掛ける一方で、アポロンが嫌いなダフネは必死に逃げ続けます。もう逃げられないというところで、ダフネは河の神である父に願うことで月桂樹に変身しました。
月桂樹はアポロンの神木でもあり、アトリビュート(人物や神を特定する持ち物)となっています。
また、エロス(クピド)自身にも、恋の騒動は起きます。
人間界の皆がその美を称える少女プシュケに嫉妬したアフロディテは、「下賤な男に恋するように仕向けよ」とエロスに命令します。
しかし、プシュケの美しさに見とれているうち、誤って黄金の矢で自分の体を傷付けたエロスは、プシュケに恋をしてしまいます。
しかしこちらは、姑となるアフロディテから課せられた数々の無理難題を克服して最後は結ばれます。
寝ても起きてもあの人のことを考えてばかり、息苦しいほどに。
しかし冷めてみれば、何だったんだ、ぜんぜんタイプじゃなかった。
そんなときは、きっとエロスの黄金の矢に射られてしまったのです。