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スロバキアのレストランで失敗して、の話。

言葉が通じない場所で出されたうまいものほど、人の心を救うものはない。
旅をしていると何度もそれを実感するのだが、今日は私の大好きな国、スロバキアでの話。

スロバキアと聞いて、どんな国かすぐにイメージが湧く人がどれくらいいるだろう。村上春樹に文字って、「スロバキアにいったい何があるというのですか?」と言われそうだ。でも、それが私がスロバキアを好きな理由であり、旅したくなった理由の一番であった。そこには何があるというのか。

スロバキアという小国は東西に長く、首都ブラチスラヴァが西端にあり、そこから東に行くにつれ自然豊かないろいろな地域が点在している。最初に降り立ったブラチスラヴァは小さな町で、2~3時間もあればぐるっと一周できてしまうような、古風な建物が並ぶ街並みを楽しむようなところだった。ホステルのみならず、だいたいスーパーでも店でも簡単な英語は通じるので、旅慣れしていれば事欠かない。英語の話せるフリーツアーガイドさんもいた。

さて、問題は2日目に足を延ばした郊外の町、ニトラであった。ここの情報は本当に少なく、ただ辛うじて日本人が「ニトラには城がある」というブログを書いていたから、それを頼りに「城があるらしいから行ってみよう」みたいな変な動機でバスに乗った(私は城にさして興味がないはずなのだが…)。

ニトラは観光地としては少し中途半端なつくりをしている町だった。まず、バス停から市内への案内が一言たりともない。いや、スロバキア語で案内があってもわからないけれど。Mapを頼りに歩いていくと、やがて巨大なショッピングモールが現れ、どうやらその先に旧市街があるようだ。旧市街も旧市街で、市営の博物館と、閑散とした広場と、どこに入り口があるのかわからない城。当日に思い立っていったら、Booking.comで予約できる宿が2つしかなく、安いほうを選んだ。17ユーロ。それまで、4ユーロほどの安宿を回ってきたバックパッカーの私にはなかなか痛い出費である。

とりあえず城まで登ってみたものの、入り口がわからず、適当にぐるぐると外を回って帰ってきた。後から聞けば、城の中が観覧できたそうなのだけど、チケットが売っていなかったので致し方ない。ただ、城は高いところにあってそこからの町の眺めはなかなか良かった。

城からの眺め(曇っていますが)

異国にいてもおなかはすく。城から降りてきたところにいくつか飲食店らしきところがあった。しかし困ったのは、どの店もメニュー的なものをあまり外に出していないので、ランチをやっているのか、いくらくらいで何が食べられるのか、全くわからない。もちろん、ノリと勢いできた私は、下調べなんてものはしていない。
辛うじて一つ、外に看板を出している店があって、ランチだか何だかわからないが、何かのセットが5ユーロで食べられるらしい、ということだけわかった。もちろん看板はすべてスロバキア語なので、「5€」しかわからない。とりあえず入ってみる。

入るとウエイターに話しかけられる。しかしわからない。英語を話してみたが、彼女はどうやら英語がわからない。ただ、彼女も私が話せない外国人であり、何か食いたいらしいことだけはわかったようで、案内をしてくれる。4人掛けのテーブルに1人。緊張する。

彼女が注文を聞きに来るが、メニューが渡されない。ランチメニューはおそらく看板に書いてあったもののみなのであろう。メニューがないと、指差し注文もできない。
こんなこともあろうかと、スロバキア語を含む中欧言語の旅行用会話帳を持っていた私は、とっさにそれを開いて、一つ指さしながら読み上げた-「(おすすめはなんですか?)」
この選択は失敗だ。なぜなら、彼女にこの言葉は伝わったものの、彼女から返ってきた言葉が全く分からない。なんだか想像もつかない。ここで、「おまかせします」とか言えればよかったのだが、とにかく食べられないものだと困ると思った私はバカなことに、「(あの…この紙に書いてくれませんか)」と言ってしまった。嫌そうな顔をしながら私のペンを持ち書き出してくれる彼女。メニューは3つあったみたいだが、書き出してくれた1つ目が何だか分かったので、「(あ、これで)」と言った。これ以上気まずい思いはしたくない。

頼んだのはハルシュキー。スロバキア料理と言えばこれ、と出てくるような、羊のチーズのニョッキである。実は、私はこれが食べたかったわけでは毛頭ない。前日、バルでこの料理を食べてみたが、ものすごくしょっぱかった。でも、これしかわかるものがなかったので致し方ない。

彼女が面倒そうな顔をして、まず一皿持ってきた。何も言わずにテーブルに置いてくれる。大きなお皿に入った一面真っ白なものと、小さなミルクピッチャーのようなもの。これは、ハルシュキーじゃなさそうだけど食べていいんだろうか。なんなんだろうか。と思いつつ、どうやらこれを食べないとメインが出てこないような雰囲気だ。真っ白にスプーンを突っ込んでみる。ポタージュだった。

このポタージュが、ものすごくものすごくおいしかった。じゃがいもなのかな?素朴だけれど、とてもいい塩梅で、味付けは濃くないのに素材の味とともにすっとなじんでくる。スープは作る人の表情が出ると思うが、このポタージュを作った人は間違いなく優しい人だ。万が一このポタージュがメニュー外のもので、食べたら追加料金を払わなければいけないものだったとしてもかまわない。世界一おいしいスープになら、いくらでも払おうじゃない。

さて、隣に置いてあるミルクピッチャーは何なのか。気分はさながら、フィンガーボウルを目にした乞食の王子である。これを間違うわけにはいかない。でも、これそのまま飲むのか?それとも、スープに入れるのか?

恐る恐るそのまま飲んでみると、やっぱり牛乳だ。スープに加えてみたが、おいしい。そのまま飲んでも、おいしい。なんだかわからないけれど、おいしいからいっか。と思ってしまう。ここまでくると、ほかのお客やさっきのウエイターの彼女にどう思われているかしら、とは思うものの、なりふり構っていられない。

私が必死にポタージュを食べていると、ウエイターの彼女がもう一皿持ってくる。メインのハルシュキーだ。心なしか、彼女の態度がポタージュを持ってきたときより優しいのはなぜだろう?

ハルシュキー

到着したハルシュキーは、昨日食べたものと打って変わって優しい味がした。どこまでもまろやかで、カルボナーラなんて比べ物にならないくらい、こってりまろーりなお味。食べ続けていると、やっぱり少ししょっぱい気がしてきた。なかなかに濃い。でも、ようやくごはんにありつけた私は、この一食に涙が出そうになる。

ハルシュキーを完食したころには、ものすごくお腹がいっぱいになっていた。なんだか、ポタージュから続いて、白いものばっかりの食卓だったな。でもおいしかった。

さて。大事なところだ。食べ終えた私は、もう一度手元でそっと会話帳を開く。今度は、失敗できない。あるフレーズをその場で頭に叩き込む。そして、伝票を持ってレジに向かう。伝票に書かれている文字もなんだかよくわからないけど。

レジには最初誰もいなくて、気づいた一人の店員が来ようとしたけれど、それをそっとさっきのウエイターの彼女が引き留めて、彼女が代わりにこちらにやってくる。金額は5€。聞いていたとおり。スロバキアのマナーに従いチップを出す。彼女は無言でレジを打っていたが、そこに思い切って一言。「(おいしかったです、ありがとうございました)」彼女がレジからぱっと顔を上げる。彼女が何か言っている。何を言っているかは、相変わらずわからない。ただ、わかるのは、彼女の声のトーンは、最初にオーダーした時のトーンじゃない。ずっと高くて明るい音だ。彼女の顔も、この店に来てから一番というほどほぐれている。初めて見る笑顔だ。ありがとう、こんな私に付き合ってくれて。おいしいものを食べさせてくれて。

その時にわかった。相手の言語がわからなくて、不安で困った思いをするのは、何も旅行者だけではない。それは、それに相対する現地の人だって同じなのだ。彼女は、最初からやや困った表情に見えた。私の扱いに、見るからに困惑していた。でも、本当は一番簡単なコミュニケーションでいいのだ。本当は、かっこつけて完璧な会話をこなさずとも、おいしいとか、ありがとうとか、そういうことが言えさえすれば。結局、この国の人もとてもやさしい人たちだ。ただ、日本人と同じように、最初は一歩引いて外国人と接するだけで、その心の奥は本当に温かい人たちなのだ。

それに気づけただけで、この国の滞在が一層特別なものになった。そのあとは、市営の地味な博物館に入った。職員の方が、スロバキア語で解説をして回ってくれる。ぶっちゃけ、全くわからない。ただ、それが楽しかった。職員の方も、そんなニコニコした私を見て、解説を止めるでもなくしゃべり続けてくれた。行くときに見かけた小さなカフェに入る。メニューを見ると、発音を知っている単語がある。「(ホットチョコレート、ひとつください)」通じた。別に通じたからと言って、店の人は顔色一つ変えなかったが、「(うん、ホットチョコレートね、ちょっと待ってて)」それだけを普通の顔で、スロバキア語で言ってくれたのがうれしかった。

英語が通じないというだけで。無意識に壁を敷いてしまうことがあっても。でも本当は通じ合えるものが根底にあって、この国の人たちは、それがいったん通じてしまえば、ものすごく優しくて温かい人たちだ。この国には、人の温かさがある。それに気づくきっかけは、たとえば、心をほぐしてくれるおいしい料理だったりする。

(ちなみに後日談だが、17ユーロの宿も最高の宿だった。この話は、またいつか別のところでしたいと思う)

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