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【短編小説】理不尽な世界(6)


男はドリーの案内で地下一階の一室に通された。そこは目を覚ました先ほどの部屋より狭いが、あの薄暗く何かに追い詰められるような監禁部屋とは違い、普通の部屋だった。ベッドと小さな机がひとつずつあるだけで、ほとんどのスペースが埋まるほどに狭い。

「ここは君の部屋だから好きに使っていいよ。トイレは廊下の奥だよ。」

案内が済むと、ドリーはまだ話足らないといった名残惜しそうな顔をして部屋を出て行った。残された静寂の中で男はベッドに腰掛け、小さなため息をついた。

あの夜電話をかけたときは、衣食住が保証されるだけで十分だと思っていた。今のように自分の身に危険が及ぶかもしれないことを想定していなかった。「ラボ」や「先生」が信用できない以上、ここでの生活は不安しかない。

不安を感じ始めると何もかもが怪しく見えてくる。この部屋さえも、彼らの何かしらの意図に基づいて用意されたものなのではないか。

そう考えると、男は居ても立ってもいられなくなり、立ち上がって部屋を調べ始めた。壁や天井、ベッドの下。机の引き出しもすべて開けて入念に調べる。幸い、監視カメラのようなものは見当たらない。唯一の不満はドアに鍵がかからずプライバシーが守られない点だけだった。

それから、男は施設全体の構造を把握しておこうと思い、廊下に出た。地下一階の廊下には無数のドアが並んでいる。このフロアは住居として使われているのだろう。同じように狭い住空間を想像すると、この扉の数も納得できる。

男が廊下の奥に進むと、ドリーの言った通りにトイレはあった。特に変わったところもなく、ありふれた造りだった。

トイレを出ると、今度は廊下の反対側へ進んだ。長い廊下を進むと階段がある。ひとつは地下二階へ、そして、もうひとつは地上へ繋がっている。このままじっとせずとも、ここから抜け出せるのではないか。男はそう思い、階段を駆け上がった。

だが、地上への階段は鉄製の頑丈な扉で施錠されている。どうにかして扉をこじ開けられないかと試してみたがどうにもならない。男は開ける手立てがないことを悟り、部屋へと戻った。

男が部屋に戻ってしばらくすると、再びドリーが訪ねてきた。男はドリーの訪問を警戒したが、彼の手には二人分の食事がある。その食事を見ていると男は空腹を感じてきた。いままで緊張で気が付いていなかったが、男はもう何時間も食べ物を口にしていない。男はドリーの手から奪うようにして受け取ると、疑うことなく食べ始めた。

(毒が入っているかもしれないが、どうせ他に食べるものはないのだから食べても食べなくても一緒だ。)

皿に盛られた食事は、男が日常的に口にしている安価な合成食料と大差ないものだったが、空腹の男にはごちそうだった。

ドリーは男が食べ始めたのを確認すると、無造作に床に腰を下ろし、ご飯を食べ始めた。そして、例のごとく、他愛のない世間話を始めた。

ドリーの話は相変わらずどうでもいいものだった。今回のトークテーマは食事に関することのようで、「僕の好きな食事は……」とか、「昔から甘党でね……」とか、そんな話をずっと続けていた。

男は食事を終えると、ドリーの話を遮りながら切り出した。

「扉に鍵がかかっていた。」

ドリーは突然男が話し始めたのでキョトンとしていた。男は続ける。

「服とか色々取りに戻りたいんだ。ここで暮らすなら色々と必要なものがあるだろ。」

男はドリーの様子を窺った。ドリーは黙っている。なにかを考えているようだ。沈黙が苦しい。男はドリーを刺激しないよう、もっともらしい言い訳を選んだつもりだったが……。ダメかと諦めかけたその時、ドリーは陽気に言った。

「……そうだよね、先生に話しておくよ。多分、すぐに何とかなると思うよ。」

ドリーはご飯を食べ終わると、そのまま笑顔で部屋を出て行った。

「……案外あっけなかったな。」

男は呟いた。もし断られたら、ドリーを襲ってでも鍵を奪うつもりだった。ドリーが鍵を持っているかどうかはわからないが、それでもここでじっとしているよりはよさそうに思えた。

だが、幸運なことに、その必要すらなかった。男は安堵し、ベッドで横になった。ずっと緊張していたのだ。安心すると少しだけ眠くなってきた……。

男の意識が眠りの中に落ちようというその瞬間だった。突然、大きな音を立て扉が開いた。男は突然の来訪者に驚き、ハッと目を覚ました。そして、眠りを妨げたやつ――あのおしゃべりなドリーであろう――を怒鳴ってやろうと、体を起こし、扉の方に向いた。そこにいたのはドリーではなかった。

「センチュリオン!初仕事だ!」

作業着を着たひげ面でおおがらの男がそこに立っていた。

続く

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