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空想お散歩紀行 愛を探して

*このお話は、2020/12/14に行われた、オンライン・ワークショップ「テイル・ラボラトリー」にて参加者の方が創ったキャラクターを元に、テイル・ラボ所長がストーリーをつけてみたものです。

江戸から遠く離れた土地であろうと時間は平等である。日が沈み、辺りが闇に沈む中、そこは逆に浮かび上がるように灯がともり、小さな宿場町と言えど昼よりも人々の往来は激しい。宿の他に飲み屋も賭場もここにはあるからだ。
そんな町のとある宿、そこの一室に一組の男女がいた。
女の方は長い黒髪に凛と整った顔立ち、スラリとした体躯はまさに撫子の花に例えられる。
少女のようにも見えるが、その横に結ばれた口元からは感情を読むのが難しい。そのためかかなり大人びても見える。
男の方は、まだ男と呼ぶには早い、少年だった。女よりも一回り体も小さい。どう見ても恋人には見えない。親子にも見えないが、せいぜいが姉弟といったところだろう。
二人は食事を終え、宿の部屋に戻ってきたところだった。ただし、食事をしたのは少年のほうだけだったが。
そう、彼女は人間ではないのである。
「それにしてもリン、今日のはホント危なかったよ」
リンと呼ばれた少女。彼女は人間ではない。
彼女は女性型アンドロイド、いわゆるガイノイドであった。
「申し訳ありません、キンタ」
キンタと呼ばれた少年に謝罪するリン。正確にはフィリア型ガイノイド・モデルリンカー(Gynoid type Philia・Model Rinker)
なのだが、キンタには伝わらなかったらしくリンということにしている。
リンは謝っているはいるが、表情は何一つ動いていないので本当に反省しているのかどうかいまひとつ分からない。どうにも納得できないキンタだったが、もうこれにも慣れつつある。半ばあきらめにも似た感情でキンタはリンに尋ねた。
「で、ますたさんの命令は達成できたの?」
「それはまだ分かりません。マスターが私に課した指令・・・『愛』を入手できたかどうかは・・・」
リンを造ったマスターと呼ばれる人間は天才であった。ロボット工学、その他様々な科学分野にとどまらず、軍事、芸術、医療、経済、あらゆる世界に精通した、レオナルドダヴィンチの生まれ変わりと称される人間である。しかしそんな大天才にも一つだけ理解が及ばないものがあった。それが、愛。
どれだけトライ&エラーを繰り返してもその本質を掴めない彼は、思い切った手段を取ることにした。ヒューマノイド、つまり人間ではないものを造り、それに愛を学習させるというやり方を取ることにした。
しかし、ここで思わぬ誤算が起こる。大天才である彼は、愛の研究のために古今東西の歴史を調べている流れの中で、ふとタイムマシンの構成を閃いてしまったのである。
リンの製作と同時進行でタイムマシンを造った彼は、両方を完成させて間もなく、タイムマシンの起動実験の際、ちょっとしたミスでリンを時空間移動に送り出してしまったのだ。
行き先はその時彼が調べていた、江戸時代であった。
「本日手に入れた新しいデータが愛なのかどうか私にはまだ分かりません。私にできることは、これからもデータを収集し少しでも愛の本質を解き明かすことだけです」
「うーん、でも今日のは、あれはどうなんだろう?」
「キンタに出会った時のことを回想するに、私のこの時代における適応処理指数は格段に上がっていると自負しているのですが」
二人が出会ったのは2週間ほど前。この時代にリンが飛ばされた直後、川に落ち、機能不全を起こしていたところを助けられたのがきっかけだった。
幸いにもキンタはリンの体に対してそれほど驚きを出さなかった。それというのも、この江戸という時代にはカラクリと呼ばれる仕掛け道具が人々の生活に流通していた。そしてごく少数ではあるが、平安の世より伝わる術をもって、人格を持った人型カラクリも存在するという噂もある。
キンタは、リンをその類の超高性能カラクリと思ったようだった。そしてリンもタイムトラベルのことは隠しつつ自らの目的を話したところ、キンタが協力を買って出てくれたのだ。
その何の得もない行動にリンのプログラムは理解不能の答えを出したが、せっかくの協力なので受け取ることにした。
愛とは人の心の営みである。とすれば人が多いところならより愛について知れると判断し、キンタの小さな村から、都会である江戸の都に行くことしたのだ。
そして今はその旅の途中。今いるこの宿場町に着いてからほどなくしてとあるトラブルに巻き込まれた。
「いや、あれはかなりぶっ飛んだ行動と言うと思うんだけど・・・」
リン達と同じように、この町に来ていた旅人の少女がいた。その娘は舞を披露しながら諸国を旅しているという。どうやら知る人ぞ知る人気者のようで、いわゆる追っかけみたいな男たちも何人かいた。
「例の少女が広場で踊りを披露していた際、周りにいた男性数名が言っていたのです。
『死ぬほど愛してるー!』・・・と。私はその時一つの推論を立てたのです。愛が深まると生命機能が著しく低下するのではないかと」
「うん、それはね。そういう応援の言葉というか何というか」
「その時、一人の男が突然飛び出し、彼女の動きを封じました。右手で彼女の体を押さえ、左手に持った刃物を彼女の喉元に当てていました」
「うん、あれには僕もびっくりしたよ。あれだね。たぶん、あの女の子にはやっかいな追っかけがいたんだね」
「その男は彼女に言いました。『俺といっしょになれないのなら、お前を殺して俺も死ぬ』・・・と」
「うん、明らかに危ないやつだよね」
「その男の言葉が先ほどの推論と結ばれ、また一つの仮説を立てたのです」
「うん?」
「この男は今、尋常ではない愛を持っているのではないかと。死ぬとまで言ったのですから」
「あながち間違ってないのかもしれないけど間違ってると思うなあ」
「私は仮説を立証するため、少女と男を共に拘束。静かに話を聞けるところまで運ぶことにしました」
「そこだよ!僕がビックリしたのは!いきなり二人とも抱えて飛んでっちゃうんだもの!」
リンの身体機能は普通の人間を遥かに凌駕する。人間二人程度なら、掴んだまま二階建ての建物を飛び越えるくらいわけはなかった。
「まあ、その変質者を退治したことで、一応はめでたしめでたしになったけど」
「私としては、これといった情報が取れずに失敗だったと思うのですが」
「とにかく、リンの行動はいつもギリギリなんだから。これだと江戸に着いたらどうなることやら」
「善処します」
ちょうど会話が途切れたそのタイミングでキンタは立ち上がり、風呂に入ってくると部屋を出ていった。
一人になったリンは日課のデータの整理とバックアップを始める。
(確かに、私にはまだこの時代の情報が足りません。効率よく情報を得るには人々との円滑なコミュニケーションは欠かせないでしょう。でもそうなると、今の状態の私に付いてきてくれるキンタは本当に変わっていますね)
情報の処理が終わり、リンは目をつむる。
(マスター。愛の解明はまだまだ時間が掛かりそうです)
そしてそのまま静かに省エネモードに移行した。


と、いうわけで、今回ワークショップで創作されたキャラクター。

愛を知らない科学者によって造られて、事故で江戸時代に飛ばされてしまった美少女型アンドロイド(ガイノイド)。大変な状況になったが冷静にプログラムに沿って愛を解明するために行動を起こす。身体能力は人間より遥かに上。太陽光で充電。水が苦手。江戸時代に関するデータは最初は入っていないためいろいろとトラブルを起こしがち。

ガイノイドが江戸時代で初めて会った少年。水に落ちて動けなくなった彼女を助けたところから行動を共にすることになる。純粋でわりとすぐ物事を信じる面がある。相棒的ポジション。

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