空想お散歩紀行 ハロウィン・ラプソディ
何かがおかしい。
それが何かははっきりとは分からない。だが、何かがおかしいのだ。
俺は今日、ハロウィンのイベントを見に出掛けてきたはずだった。
化流戸(けると)市では毎年10月の終わりにハロウィンのイベントが行われている。
毎年と言っても、流行りだしたのはここ数年、メディアで取り上げ始められてからだ。それまでは細々とやっていた小規模イベントに過ぎなかった。
正直言うと、俺は子供の頃にやっていたハロウィンの方が好きだ。
小さいながらも、ちゃんとしたハロウィンといった感じのイベントで、そこに現れるお化けや怪物の仮装や、お菓子を配る大人たちといった非日常の空間が俺は好きだった。
でも、最近は違う。単にお祭り騒ぎをしたいやつらの集まりになって、ハロウィンというよりコスプレ大会といった感じになってしまっている。
ハロウィンに限らず、クリスマスもバレンタインも外から入ってきた文化を独自のものにアレンジしてしまうのは日本のいいところなのかもしれないが、もはやハロウィンの本当の意味を知っているのはどれくらいいるのだろうか。
だがそれでも、子供の頃からの習慣になっているので、今年も俺は化流戸市のハロウィンイベントに足を運んだ。
特に楽しむために来たのではない。そんな期待もしていない。どちらかと言うと昔を懐かしむためという、高校生とは思えないノスタルジックな気持ちだ。
だから友達を誘うこともなく、一人で来た。
だが、さっき妙なことが起こった。
近道をしようと、細い路地を通った時。
一瞬、モヤのようなものが視界を覆った。
でもそれはすぐに晴れ、その時は何か気のせいだろうと思っていた。
だけどそこから俺の中に違和感が出始めたのだ。
特に見る限り変わっている所はない。天気も変わってない。風景も変わっていない。
今ここにいる、イベントに来ている人たちも変わっていない・・・はず。
いまいちそこに確信が持てないのは、何となく妙なのだ。
ハロウィンイベントなのだから、コスプレしているのは当然なのだが。
今年はやけにレベルが高い。
よくよく見ると、去年や一昨年なら、その時に流行ったアニメとかのコスプレも多いのだが、今年は昔ながらのモンスター系のコスプレばかりだ。
例えば、今通りの向こうを歩いているのはミイラ男。
いや、女子高生の制服を着ているからミイラ女か?マミーというやつだ。
だけど、何で制服何だろうか、という疑問を差し引いたとしてもコスプレのレベルが高い。何しろ手の先から足の先まで、普通だったら肌が見えているところは全部包帯で包まれている。頭も全部包帯だから、どうやって周りが見えているのか不思議だ。
それにしても、普通はマミーと言ったら全身白の包帯なのに、所々ピンクや青、ラメの入った包帯をしている。マミーが女の子だったらこういうオシャレをするという解釈だろうか。それはそれでおもしろい。
そして、今俺の前を横切ったのは何のコスプレだろうか?
さっきと同じように女子高生の制服を着ているが、背中には小さな羽、ちらっと口の中に見えたのは鋭い牙のような物。そして手には真っ赤な飲み物が入ったカップ。
どうやら吸血鬼を表しているようだ。血をイメージした飲み物を持つとは、なかなか小物にこだわりが見えるコスプレだ。
それにしても、昔ながらの怪物と今時の女子高生の制服を合わせるのが今年のコスプレのトレンドなのだろうか?
それにしてもいろいろなコスプレの人がいる。
だが、中にはコスプレをせずにこのイベントに来ている人もいる。それもそうだ、俺もその一人なんだから。
向こうで立ち話してる、これまた女の子、
片方は長身で大学生くらいに見えるが、もう一人は高校生か、中学生くらいに見える。とにかく歳は離れているように感じるが、同級生のように仲良さそうに話している。単に身長差があるだけだろうか。
彼女たちは普通の格好でここにいるが何だろうか、少し離れていてよく分からないが、彼女たちの肘や膝の関節のところに違和感がある。
何と言うか、よくフィギュアとかの人形にあるような、球体関節のような物が見えるような・・・
いや、まさかな。俺は別の場所に視線を動かすと、そこに驚くものを見た。
すごいと、思わず小声に漏れてしまった。
そこにいたのは、二人の女の子。
一人は小さな角に羽。ハート型の先端がついた尻尾を持った、分かりやすい悪魔のコスプレをした女の子なのだが、問題はその隣だ。
狼男、いや体格から見るに女の子だろうから狼女か。とにかくコスプレのレベルがすごい。
本物の毛皮のようだし、顔もまるでハリウッドの特殊メイクのようにリアルだ。
悪魔コスプレの娘といっしょに並んで楽しそうに歩いている。何かを話す度に狼の口もリアルに動いて、どういう仕組みなのか正直興味を持ってしまった。
めっちゃレベル高いな今年のコスプレ。
そう思っていると、また特徴的な格好が目に入ってきた。
頭から黒いフードを被った、マントを羽織ったやつがいる。フードの隙間から見えた顔からどうやら女の子のようだ。
その娘は手首に、チェーンに繋がれた、あれはおそらく鎌の形をしたキーホルダーをしていた。
たぶん死神のコスプレだなと俺は思った。本来ならもっと大きな、それこそ身の丈を超えるような鎌の作り物を持ちたいところだろうが、このイベントのコスプレは安全上の問題から長物は禁止されている。あれが苦肉の策なのだろう。
だがそれにしても、あの死神コスプレの娘、
死神のはずなのに腕に包帯を巻いていたり、眼帯までしている。
・・・死神というより中二病みたいな格好だな。まあ、コスプレは自由だ。
ここまでいろいろなコスプレの人を見てきて、俺は感じていた違和感に少し気づき始めていた。
自然なのだ。今日はお祭りで、普段の空気とは違うはず。その空気にあてられて、人々の動きも多少は違うものになるはずなのに、まるで日常とでも言わんばかりの雰囲気に街が包まれている。
明らかに俺にとっては不自然だが、まるで俺の方が異端だと、今この場所は言っているようだ。
少し不気味さを覚えた。だがしかし、これこそを俺はハロウィンに求めていたのではないか?
非日常が日常に浸食してきて、そのまま乗っ取られるかのような感覚。
子供の頃に感じていた興奮が戻って来たかのように感じた俺は、もうしばらくこの辺を歩いてみようと思った。
その時、ふと目に入った看板に『ケルト市』と表記がされていた。
カタカナ表記って今まであったっけ?まあ、化流戸じゃ分かりにくいからこういうのもあるか。
俺はすぐに看板のことは思考の外に追いやり、特に目的地も決めずに歩き出した。
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