空想お散歩紀行 時間取引 その三
人間の評価とはどこで決まるのだろうか?
実績?どんな成果を出したとか、いくら稼いだとか、フォロワーが何人いるとか?
いろいろ形はあるだろうが、評価に共通していることは、何かの行動の結果だということと他人からもらうものだということだ。
「じゃあ、今日はここまでにしたいと思いま~す。またね~」
一人の青年が日課であるネットの生配信を終えた。
彼の名前はシンシャカ。本名ではない。ネット上で活動する時の芸名みたいなものだ。
彼の絶対年齢は現在25歳であるが、データ上の年齢は今年で95歳である。
彼が世間に認知され始めたのは7年前。彼が18歳になった時からである。
彼は18歳になったその日に、自分の持っている70年分の時間を全て売り払った。
70年分の金は当時の彼にとっては大金だったが、莫大な財産というほどではない。彼の予想の範囲内といったところだった。
だが、重要なのは金の量ではない。それによって得られた圧倒的発信力である。
今までにも自分の持っている時間を全て売り払った人間は山ほどいる。
しかしそれらの人間は、その場での金が欲しいという理由で少しづつ自分の時間を切り崩していき最終的に無くなったというだけの話だ。
自分の時間を売ることは確かに一度に大金を手にすることは可能になるかもしれないが、デメリットも当然ある。それは社会的な信用は下がることだ。一般的なローンを始めとした、様々な審査を通りにくくなるし、その他にも企業側が人材を募る際、書類審査の段階で落とされる確率がぐっと上がる。
しかし彼は決してノリで自分の時間を売ったわけではなかった。
彼は、時間取引が可能になったその日に全ての時間を売り払った。
それによって、初日に全ての時間を売った男という圧倒的なネームバリューを手に入れた。彼が欲しがったのは金ではなく、それだった。
そんなことをする人間はまずいない。だから人々は興味を持った。そんなことをするやつはどんなやつだろう。どんな考えをしているのだろうかと。
彼はその後、得た金を使って片っ端から行動した。多くの映画を見て、多くの本を読んで、多くの場所に旅行した。そしてそれによって感じたことを正直に発信し続けた。
それは時に深く、時に浅く、時に斬新で、時に平凡だった。
ただ彼は自分の気持ちに嘘をつくことなく言葉を発していった。
それによって多くのファン、フォロワーを得ることができた。同時に同じくらいのアンチも。それでも彼は自分に正直であることを貫く。
彼は時間という財産は全て手放した。しかしその代わりに彼は自分自身の全てを財産に変えた。その価値は毎日のように変化している。それを彼以外の人間は楽しむ。そして彼自身がそれを誰よりも楽しんでいた。
「さて、明日は何をしようかなっと」
彼はスマホを適当に見る。
「お、この映画おもしろうじゃん。じゃ明日はこれ見て、ついでに近くで何か食うか」
彼は常にそのままだった。そのままの自分にこそ他人が評価するものがあると確信していた。
だから彼はそのままに、背負わず、気ままに明日も生きていくのだった。
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