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空想お散歩紀行 始まりはガチャから

「うーん、どうしようかな~~、迷うな~~」
大勢の話し声、笑い声が混ざり合い、一種のの音楽のように室内に響き渡っている。
そのテーブルの一つで、酒を飲みながら悩んでいる男がいた。
その向かいに座っているもう一人の男がつまみに箸をつけながら尋ねた。
「どうした?さっきからぶつぶつと」
「いや、ガチャのことなんだけどな」
「ああ、なるほどね」
ガチャと聞いただけで大体のことを察したようだ。
「もう1回引こうかどうか悩んでるんだろ?」
「そうなんだ。いや、今回のガチャも内容は悪くはないんだが、こう、期待してたのには届いていないというか、もっといいのが出そうな気がすると言うか・・・」
「おお、いい感じに沼ってるな」
「Tポイントはまだあるから、やろうと思えばまだ引けるんだけど、あんまりポイント使いたくないってのもあるんだよな」
あちらを立てればこちらが立たずといった感じで男は、ずっと同じ場所をぐるぐると周り続けているようだった。
「まあ、あまり悩みすぎるなよ。確かお前って今回が初ガチャだっけ?あ、すいませーん」
コップが空になったことを確認し、追加の注文を店員にしながら話は続いていく。
「そうなんだよ。始めは肝心だろ。なるべくいいのを引きたいんだよ」
悩んでいる男はいい結果を出したいという思いに囚われているようだ。しかし運頼みのガチャではなかなか思うようにはいかない。それがより男を苛立たせていた。
「あまりそこでこだわってもしょーがねーぞ」
逆にもう一人の男はガチャに対してかなり冷めた目で見ている。
「なんでだよ?大切だろ。『輪廻転生ガチャ』は!?」
つい大きな声になってしまった男に対し、諭すようにもう一人は自分の体験を話し始めた。
「俺は転生を今まで3回やったけどよ。前回は、生物ガチャが人間で、時代ガチャが1965年で、国ガチャがアメリカで、親ガチャが資産家の富豪夫妻だった」
「すげー当たりじゃね?」
「でも32才の時に交通事故で死んじまった。
そんなもんよ?スタートが良くても、案外あっさり人生終わったりする。ま、20代の時にボランティアとか結構やってたからポイントはもらったけどな」
ポイントとは、徳ポイントと呼ばれるものである。通称Tポイント。現世を生きているときにどれだけ善行を積んだかどうかで付与されるものだ。
輪廻の輪の中にいる者は、死んでは別の生き物に生まれ変わることを繰り返す。生きている間は自分の前世のことなどは忘れている。
彼らが今いるのは、生と生の間。
死に、次に生まれ変わるまでの休憩所みたいな場所である。
そこで彼らは次の生の初期条件をガチャで決める。決めるのはどの生き物か、どの場所に産まれるか等々である。
ガチャは初回は無料。2回目以降は1回で300Tポイント。10連で3000Tポイント(たまに+1回ボーナス期間あり)
「そんなもんかね?」
先程まで熱くなっていた男も少し冷静になったかと思ったが、すぐに首を横に振り、
「いやいや、やっぱスタートダッシュは大事でしょ!?人間で、平和な時代、安全な国で、なるべく苦労しない家に産まれた方がいいって!それ最低条件!あのブッダだって産まれは金持ちの家よ!?」
「お、おう・・・」
男の迫力は相手の言葉が出るのをためらわせるほどだった。
「なるべくいい条件を引かないと。その方がポイントたくさん貯めれる人生を送れる気がする。俺は早くポイント貯めて、早く解脱したいんだ」
「ガチャに囚われるやつが早々に解脱できるとは思えんがね・・・」
冷静な男は酒を飲みながらつぶやいたが、熱くなっている男の方は、
「あと10連、いや30連までならいけるか・・・?」
すっかり自分の頭の中でガチャを回し続けることに夢中で、相手の男の言葉どころか、周りの喧騒すら聞こえていない状態なのであった。

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