空想お散歩紀行 節約志向リベンジ
一人の男が机に向かって、頭を抱えていた。
彼の目線の先にあるのは一枚の紙。その上には何人もの名前と、数々の単語や線が書かれていた。足元の床には同じようにいろいろと書きなぐられた紙が一杯に落ちている。それが彼の悩みの数と同じということを如実に表していた。
彼には目的があった。
今でこそ、質素な部屋、使い古された家具に囲まれているが、元はそれなりに歴史と伝統を受け継いでいた貴族の一人だった。
だが、争いというものはどこでも起こる。それは貴族だろうが庶民だろうが関係無い。そこに差別はない。
彼は、代々続いてきた名とその資産を、これまた古式めいた陰謀と策略で奪われてしまった。
何とか命だけは見逃してもらえたものの、彼にとっては今の状況は死と同義だった。
どうせ死んでいるのならと、彼は自分の人生の最後に復讐を決意した。
元自分の屋敷から持ち出せた一冊の書物。それに書かれた悪魔の伝承。
それを元に悪魔と契約を交わし、彼は魔法の力を手に入れた。
これで復讐を遂げることができる、と彼は思ったのだが、人生とは常に思いの通りに行かないことが道理である。
契約により、彼の体には至るところに紋様が浮かび上がっていた。
直線と曲線が絡み合ったもので、全部で88画の印。
彼の使う魔法とは、願いを形に変えるというもの。これを使えば炎や風などの自然や、鉄や石などの物質、他人の意志すらも思いのままにすることができる。
だが、これは悪魔から契約で借りた力。無尽蔵に強い威力を出せるわけでもなく、さらに永続でもない。
大量の金を出すこともできるが、10分もすれば消えてしまう。
とにかく、いろいろと制限のある力なのだ。そして何か一つ魔法を使う度、つまり一つ願いを叶えるごとに体の紋様が一つ消えていく。
彼が使える魔法は88回が限度なのだ。
回数制限ありとは言え、また効果に縛りがあるとは言え、人知を超えた力を手にしたのは間違いない。
だがここで一つ大きな問題があった。
彼が復讐をしたい相手、自分を貶めた貴族たち、それに協力した者たちは、彼が自分で調べ上げたところ300人を優に超えていた。
正確には323人である。これでも現時点で分かっているだけなのでもしかしたらまだ増えるかもしれない。
使える魔法は88回。だがこの間、用事で遠出して帰りが遅くなった時に、早く帰りたいと願ってしまい、結果として一瞬で帰宅することはできたのだが、案の定紋様が一つ無くなっていた。
だから残り87画。
全ての人間に復讐するためには、いかに効率的に、魔法を節約しながら進めていくかということが重要であると結論付けた彼は、その日から復讐計画を立てることに余念がない。
ああでもない、こうでもない。1回の魔法で一度に何人いけるか、とか。ここは魔法を使わず自力で、とか。
何度も考え、頭の中でシミュレーションをし、そうこうしているうちに状況が変わって、また計画を練り直さなくてはいけなくなったりと、右往左往を繰り返した。
そして彼が、できた、と呟いたのは、悪魔と契約してから5年以上の歳月が流れた時だった。
その時の彼は今までの人生でこれ以上ないというほどの満足気な、満ち足りた顔をしていた。
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