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空想お散歩紀行 盗みのすゝめ

学校とは、大人になるための知識を得るための場所、または生きるための術を学ぶための場所。
そして幅広く多くの知識や技術を教える学校もあれば、専門分野に絞っている学校もある。
そして、教える内容も様々である。
ほとんど多くの学校は、子供たちが清く正しく生きていくための施設だが、物事に全て例外は存在する。
広い世界の隅っこにその学校は存在している。
『ヴォラール怪盗高等学校』
ここは盗みを教える学校。スリのようなせこい盗っ人ではなく、気高く誇り高い盗賊、怪盗を育成することを目的とした教育機関である。
スニーキング、鍵開け、逃走術、変装術から騙しの話術、美しい予告文の書き方まで、ありとあらゆる盗みのための知識と技術を学ぶことができる。
校訓は『欲しければ盗め』である。
そんな学校に今、注目の人物がいた。しかしそれは悪い意味で。
「ねえ聞いた?3組の・・・」
「ああ、例のあいつでしょ」
二人の生徒が話題にしているのは、とある一人の女生徒。
「この前の技術試験でまたやらかしたんでしょ」
「そうそう。レベル5の城ステージから何も盗まずに終わったみたい」
この学校には実戦を想定したカリキュラムがいくつかあり、その内の一つが、豪邸や銀行、カジノなど実際の施設を模した建物内で行われる訓練である。
「城ステージの全部のトラップを無効化して、衛兵ロボにも一度も見つからなかったくせに何も盗らなかったのよ。信じられる?」
そう、その生徒は決して盗みをやらないことで有名だった。
「しかもあいつ、警察役の人造人間も一度も殺したことないんでしょ?」
「そりゃ、だれにもバレずに盗みができれば一番美しいけど、いざという時の殺しはむしろしなきゃいけないでしょ」
彼女はどうやら非殺傷、非破壊をモットーとしているようだった。それ自体は別にいい。そういうのをこだわりにしている怪盗はけっこういる。しかしそれも、あくまで盗みという大前提があってのこと。
「何考えてんだかね。ああムカつく」
これで彼女が、単に無能で盗みができないのであればただの笑いもので済んだ話だろう。
しかし彼女が誰の目から見ても類まれなる実力の持ち主であることは分かっていた。だからこそ余計に疎まれているのだ。
「知ってる?しかもあいつ、クラスメイトからも一度も何か盗んだことないんだって」
「げっ、マジもんのワルじゃん」
生徒同士の物や金、時には恋の盗みあい。それは切磋琢磨して己の技を高め合う、美しい青春の証として校則でも推奨されていた。
例の生徒はそんな校則も一度も守ったことがない。
「とにかく、あんな何考えてんだか分からないド不良、近づかないほうが無難よ」
「それもそーね」
触らぬ神に祟りなし。得体の知れない人間の話題はここまでにして、二人の生徒は次の電子鍵開けの授業の教室へと向かった。

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