空想お散歩紀行 紅いパーティへようこそ
豪華喧騒な大ホールは今夜ひと際輝いていた。
巨大なシャンデリアが煌々とフロア全体を照らし、楽団が時に荘厳な、時に軽快な音楽を奏で、大きな長机には色取り取りの菓子や果物、飲み物が並び、さらに一角ではカードゲームやルーレット等の遊びに興じている人たちもいる。
そして今、この大屋敷の主が壇上で挨拶をしていた。
「それでは皆さん、ごゆっくりお楽しみください」
客を迎える挨拶を終え、今度は訪問者と個別に談笑を始める主人。
「・・・・・・・」
一人の男が困惑して立ち尽くしていた。
「おや、ここは初めてですかな?」
男に話しかけてきたのは老人だった。しっかりとした身なりで歳のわりには背筋が伸びている。それなりの身分の人のようだった。
「ええ、僕はたまたま旅の途中でこの近くの村に立ち寄っただけで。ちょっと村のお手伝いをしたらここに誘われまして」
「なに、気にすることはない。ここの領主様は寛大な方で、来る者拒まずな方なんじゃ」
確かに周りを見てみると、正装をしている人もいれば、決してきれいとは言えない恰好の者もいる。そして老人もいれば子供もいる。「なるほど、そうみたいですね。でもすごいな、ここの領主様は。これほどの使用人や楽団を抱えるだけでも大変でしょうね」
男は視線の先にいる、領民たちと楽しそうに談笑する領主を見た。
「旅のお方、本当のことを教えよう。実はね、あそこにいるのは本当の領主様ではないのだよ。いや、本物ではあるのだがね」
「どういうことですか?」
男の不思議そうな顔を、老人はいらずら好きな子供のような笑みで見返した。
「ここの領主様はな、吸血鬼なんじゃよ」
いきなり出てきた単語に男は面食らった。
「吸血鬼って、あの吸血鬼ですか?」
「そう、その吸血鬼じゃ」
「あの人が・・・」
男は改めて領主の方を見た。
「だからその人は領主様ではないぞ。領主様は、500年前にあまりに多くの血を吸ったおかげでな、向こう500年は血を吸わなくても生きられるそうじゃ。ヒマになった彼はこの辺りの領主となり、人と関わって生きていくことにしたんじゃ」
伝承の中でしか聞いたことの無い吸血鬼という存在と荒唐無稽な話に、男は正直ついていけなかった。
「ちなみに儂は彼を200年前から知っとるよ」
にっと笑う老人の口から鋭い犬歯がのぞいた。
この人も吸血鬼なのか。男は息をのんだ。しかし老人は男のリアクションを特に意に介さず言葉を続ける。
「しかしな、儂は彼の本当の姿を見たことがないのじゃ」
「どういうことですか?」
「そこにいるのはな、彼が自分の血を使って作った魔術人形なのじゃよ。いやそこにいる彼だけじゃない、このフロアにいる使用人も楽団も皆彼の血なのだ。この屋敷には彼以外の者はいない」
もう男の想像力を遥かに超えた話になっていた。
つまり、ここにいる大勢のメイドも、楽団の一人一人も、ゲームのテーブルにいるディーラーも全て一人の人物ということなのか。見た目は普通の人間にしか見えないというのに。
老人が嘘を言っているようには感じられなかったが、それでも男は信じ切ることができなかった。
そんな男の様子を読み取ったのか、老人は近くを通ったメイドに声を掛ける。
「飲み物をもらえるかな。ああ、酒ではなく血がもらいたい。若い女物はあるかい?」
メイドは軽く会釈すると、持っていたお盆の上のグラスの一つに指をかざす。
すると指先からルビーを思わせるような、それは鮮やかな液体が出てきてグラスを満たした。
老人はそれを受け取ると口にし、おもしろそうに男にウインクしてみせた。
男は自分が今、現実にいるのか夢の中にいるのか分からなくなってきた。それでも何とか言葉を紡ぎ出す。
「領主が吸血鬼であると、ここの人たちは・・・」
「もちろん全員知っておるよ。領主が吸血鬼と知った上で慕っておるんじゃ」
男は近くのテーブルに置いてあった菓子を一つ持ち上げてまじまじと眺めた。
「安心せい。それは本物じゃよ」
考えを見透かされた男は気恥ずかしくその菓子を口へと入れた。美味い。
口の中に広がる甘さを味わいながら、男はこの屋敷のどこかにいる、このパーティを眺めているであろう領主に思いをはせた。
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