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空想お散歩紀行 そこにあったもの

その建物はそっと都会の影に隠れるように、しかし明らかに周りから浮いていた。
綺麗で豪華なビルが立ち並ぶ表通りから少し奥に入った場所。
表通りほどではないがそれなりに高い建物がひしめき合っている中で、まるで一つだけ成長することができなかった草木のように、その建物はあった。
どうやらカフェのようだった。
小さく、しかし整った外観のそれは妙に心を惹きつけられた。
出張でこの街に来ていた僕は、ちょうど仕事もひと段落ついたので、休憩と思いこの店に入ることにした。
中に入ると、カウンター席といくつかのテーブル席。テーブル席の方に一人座っているだけで、他に客はいないようだった。
「いらっしゃい」
カウンターの中にいるのは女性のようだが、室内だというのにフードを被っている。
フードの隙間から金色の髪の毛が覗き、こちらを見つめる目は緑色だ。
(外国の人かな?)
そう思ったが、さきほど掛けられた言葉は流暢な日本語で、声だけ聴いたら日本人と間違えてしまっただろう。
僕はカウンター席に座り、メニューを見る。
メニューのほとんどが初めて見る名前ばかりだった。
(この人の出身地の料理なのかな?それとも創作料理ってやつか?)
どちらにしても、今は仕事の後で疲れている。得体の知れないものに挑戦する勇気はなかったので、オリジナルブレンドのコーヒーを注文した。
改めて店内の様子を見ると、洋風と和風が混ざったような、一見すると節操が無い店内のインテリアに思えてしまいそうだが、どういうわけか絶妙なバランスで調和が取れているようにも見えた。
しばらくして出てきたコーヒーを飲む。
「・・・美味い」
思わず声が漏れた。あまりコーヒーに詳しい
わけではないが、それでも今まで飲んだことのない風味だった。
「ありがとうございます」
突然カウンターの女性が話しかけてきた。今の僕の言葉を聞かれてようだ。
「いや、本当に美味しいです。これはどこの豆なんですか?」
いきなり声を掛けられたものだから、つい話を途切れさせまいと大して詳しくもないコーヒー豆の話題に持って行ってしまった。どうも仕事のくせがこんなところでも抜けきれない。
「それは秘密です。なにせオリジナルですから」
いたずらっぽく笑う女性。それを見るとこの人は自分より年上なのか年下なのか分からない。まあ、外国人の年齢は分かりづらいからな。
それからこの女性といくつかの話を交わした。
この人はやはりヨーロッパの方の国の出身で、趣味で店を開いているとのこと。ここに出店しているのは、たまたまここが空いていたから。メニューに書いてある料理は全て自分が祖母から教わったものということ。その祖母もまたさらに上の世代から引き継いできた伝統の味だということ。
気が付くと、一時間以上が過ぎていた。
「ごちそうさまでした。もしまたこっちに来ることがあったら寄りますよ」
「ありがとうございます・・・ッ」
返事をした彼女は、その直後ふと目線を何もない空中へと投げた。まるで何かに気付いたかのように。
「ごめんなさい。多分次に来た時はもう、お店は閉めてると思います」
「え?何で?」
「気づかれてしまったから・・・」
何のことか分からない僕に対して、女性は何でもないと一言だけ言った。
店を出て振り返ると、さっきまでいたその場所がなぜか、遠くに遠ざかり透明になっていくような不思議な感覚がした。

翌日、二人のOLが道を歩いていた。この辺りの会社で働いていて、今はお昼休みに外出している。
「あれ?ここ空き地になってるけど、何があったっけ?」
彼女が指差したそこは、ぽっかりと空間ができていた。
「ああ、なんかあるよね。よく通る道のはずなのに、いきなり建物が無くなると、ここ元々何があったっけーってなるやつ」
「あるある!」
そのまま二人のOLは何も思い出せないままこの場をあとにした。

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