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空想お散歩紀行 スタート前、予兆の朝

都会の冬。朝の光も、高い高いビル群に切り取られ、それは一部しか地面まで届かない。ほとんどの人は突き刺してくる寒さを避けるように身を小さくして歩いている。ほとんどは出勤する者たちだろう。
しかし、その中に異質な二人組がいた。
二人とも周りの者たちと同じようにコートを着ているが、一人は2メートルを超えようかという大男で、もう一人は背丈こそ普通だが朝からやたらテンションが高い。
歩きながらテンション高い方の男はさきほどからずっと喋っていた。
「だからさ!あの1位が決まった瞬間、あれは良かったよね~」
彼が言っているのは、昨夜のテレビ番組のこと。大所帯アイドルグループがファンからの投票で順位を決めるという内容のものだった。
「やっぱりいいよ。あの勝負が決まる瞬間までの緊張、そして結果が出た瞬間の解放!」
「・・・そうか」
大男のほうは心底興味がないといった感じだ相方の方はそれでもお構いなしに喋っている。
「お前、アイドルとかに興味あったのか?」
「ん?いや全然。一人も名前知らんし」
「・・・そうだったな」
大男は分かり切ったことを聞いて心底損したと思った。
そう、彼の相方はアイドルが好きだからその番組を見ていたのではない。
好きなのは競争なのだ。
どちらが勝つか負けるか、そこまでの駆け引き、盛り上がり、意外な展開。全てが好きなのだ。
それこそ、幼稚園児の運動会から、大国同士の戦争まで。
そして競争という行為が好きなのであって、結果にはこれっぽちも興味がない。
「いやー。改めていい勝負だったよあれは。勝った方には最大限の賞賛を。負けた方にも最大限の賛辞を」
男は両手を広げて、喜びを表した。周りの通行人は見て見ぬふりを決め込んでいる。
「まあ、俺たちの仕事はお前のようなやつにとっては天職なんだろうな。念のため言っとくが、俺たちの役割は観測だということを忘れるなよ」
「分かってるよ。競争は天然ものが一番美しいんだ。横槍はヤボってもんだ」
男はうれしそうに微笑んだ。それもそのはず、これから起こるであろうことにワクワクしているからだ。
「ボスが俺たち全員に招集を掛けるなんて久しぶりだからね。一体どんなものを見せてくれるのか、楽しみでしかたないよ」
都会の朝。大勢の人間が同じような恰好をして、同じ方向に移動するいつもの光景。しかし男の目にはこれが、遠くない未来、最高に盛り上がるためのフリのように思えてならなかった。

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