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空想お散歩紀行 戦場魔術師

「これはまた無茶を言う」
黒髪の男は頭を搔きながら、資料を読み進めていった。
「今度は一体何を注文されたんですか?」
隣に立っている彼の秘書官が尋ねる。自分の上官が無茶を言われるのはこれが初めてではない。
彼らは軍の特殊部隊に在籍している軍人だ。
しかし困り顔で資料を読んでいるその男はいわゆる軍人として優れているから今の席に座っているわけではない。
運動能力があるわけではない。むしろそこらへんの子供にも負けるかもしれない。
人を引き連れるカリスマのようなものもない。
武力という意味では、彼は軍人として失格もいいところだった。
しかし彼は他のだれも持っていないものを持っている。
それは魔法だった。
だがそれは、何も無い所から炎を出したり、悪魔を召喚したりするものではない。
「二日後、ライセスの街が空襲を受ける可能性が高い。その被害をゼロにしろとのことさ」
黒髪の男は心底、やれやれと言った感じで首を降る。
「過去、敵から攻撃を受けてその被害を完全にゼロにした軍人がいたのかい?」
「『軍人』では無理だから『魔術師』に声が掛かったのでは?」
秘書官が言う『魔術師』、それが黒髪の男の異名だった。
彼は元は軍人ではなく、マジシャンだった。
分け合って今は軍に属している。
彼は何も無い所から炎を出すことはできない。
だが、何も無い所から炎が出たように見せることはできる。トリックを使って。
彼が言うには、魔法は存在する。
それは人にそう思わせる技術のことだ。
Aの後B、Bの後C、そしてC、D、Eと続くところを、マジシャンは意図的に隠す。
そうすると見ている側からは、Aの後にEが来たように見える。それが魔法の正体だ。
彼はそのように人をトリックに巻き込み、別の世界に連れていくことが好きだった。
「で、どうなさるんですか?」
「そうだね。じゃあ街ごと移動させちゃおうか」
いい笑顔で魔術師は答える。彼は軍に所属しているが、実はこの戦争がどうなろうと気にしていない。あくまで自分にとって大きな舞台が用意されているくらいにしか思っていない。
「軍のいいところは、正義だとか勝利だとか口にしておけばいくらでもお金出してくれるところだよね。今までできなかったアイデアがいろいろ試せる」
「いくらでも、ではありませんよ。成功が前提です。失敗したら責任取らされるんですから」
「その時は逃げるさ。そのためのトリックはもう考えてある」
嘘か本当か、彼の言葉がどちらなのかは分からない。それも彼が稀代のマジシャンである所以なのだろうが。
そして、二日後。敵軍はライセスの街を予想通り空襲した。しかし被害はゼロ。
魔法がまた一つ、この世界に実現したのである。

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