空想お散歩紀行 スピリッツ・ウェディング
深い森を二日かけて歩いてとうとうたどり着いたその先には、一本の樹があった。そこはまるでその樹のためだけに空間が開けていた。
「はあ~、先輩。さっきまで鬱蒼とした森だったのにここだけ別世界みたいですね」
この場所にたどり着いた者のうちの一人、金髪のショートカットの女の子が隣にいるもう一人の女の子に声を掛ける。
彼女は長い黒髪を帽子の中にまとめた、年は金髪の娘よりも少し上でメガネを掛けていた。そのメガネを一度外し、レンズを拭いてからもう一度目的地であるその樹を見る。
「ええ、ようやくたどり着いたわ。さあ少し休んだらここにキャンプを張るわよ」
「せんぱーい、まだですか~?もう眠いんですけど~」
キャンプを張り、食事を終えてから数時間、既に日は沈み辺りは完全な闇。それもそのはず黒髪の女性、ルティアは焚火もたかず、ランプの灯りさえも点けることをしなかった。
黒髪の後輩、ミナはこの暗闇の中でずっと待ち続けていることに疲れ始めていた。
「今さらですけど、本当にこの樹で合ってるんですか~?見た感じ普通の樹って感じですけど・・・」
ルティアは後輩の呼びかけに特に返答もなく、じっとただ目の前の樹を見ている。
「集中モード入っちゃってるよ・・・」
こうなった時のルティアはもう自分の世界しか見えていない。しょうがないからミナはぎゅっと自分の腿をつねって眠気を覚まそうとした。
そして数十分後。
「・・・来たッ!」
ルティアが突然立ち上がって目の前の樹にさらに近づく。すると樹が突然光り出した。いや、正確には違う。その樹に突如として白い花がいっせいに咲き始めたのだ。次々と咲いていくその花はあっと言う間に樹の表面を白一色で覆いつくした。そしてそこに、夜のわずかな星や月の光が差し、何倍にも膨れ上がり、まるで樹全体が光を発しているかのように見えた。
「・・・きれい」
ミナはやっとのことで言葉を出すことができた。ふと隣を見ると、ルティアが目を輝かせながらその光景を見ている。その瞳の輝きは樹からの光を反射してのものか、それとも彼女自身の光かは分からない。
「やっと見れた」
「ほんとですね。先輩の言った通りだ。まるでこれは・・・ドレス」
その樹のてっぺんから全ての枝葉の先端まで咲き乱れる白い花。樹全体を覆うそれはまるで新婦を包み込むウェディングドレスのように見えた。
「年が明けてから、6度目の満月の夜。その一夜だけ咲くブライダルフラワー・・・見事だわ!!」
両手を挙げて歓喜の声を上げるルティア。その姿は花嫁を祝福する観客のようだ。
「さあ!世界奇跡絶景ナンバー051『スピリッツ・ウェディング』見たわよ!」
「おめでとうございます、先輩」
「じゃあ次はどこ行こっか?私としては、レインボーナイトか、スターゴーレムが見たいと思うんだけどー」
「いや先輩早い早い早い」
ルティアの目には今のこの光景と、今だ見ぬ光景の両方が映っていた。
奇跡の絶景コンプリート、その夢を果たすため彼女たちはまた明日から新しい道へと歩き出すのだ。
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