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空想お散歩紀行 深く深く娯楽を求めて

「今、どのあたり?」
手に持ったランプの灯りで地図を見る。
地図に落ちる顔の影は全部で3つ。
「さっきここ通って来たから・・・」
「じゃあ、今はここらへんね」
「やっと半分を過ぎたくらいかあ」
3人の顔には、やっと半分まで来れたという安堵と、まだ半分かという疲れが同時に浮かんでいた。
「ここまで来るだけで大分消耗してるなあ」
一人がランプの残り燃料を確認する。
ここは太陽の光が届かない地下。暗く冷たい地面の下はどこまでもただ闇が広がっている。ランプの光はその闇のほんの一部分を削っているにすぎない。
「でも、ここまで来たら今さら引き返せないでしょ?間に合わなくなっちゃう」
一人は決心が固い。このまま目的の場所まで止まるつもりは毛頭ない。
「何としてでも、ミヤデス監督の新作をこの目で拝まなきゃ死んでも死にきれないわ」
この世界は正しさに溢れている。
正確には地上は正しさと正義の世界だ。
映画、本、歌、演劇等々のあらゆる創作物は、中央倫理委員会が全てを取り仕切っている。
差別やいじめに繋がる表現、不快な思いをする人がいなくなるようにと、全ての表現は厳しくチェックされてから世の中に出る。
これにより世界は正しい方向へと常に向かっていると、思われている。
だが、反発する者も当然いた。
自ら創り出すものは、自由であるべきという考えの持ち主たち。
だが、今の世界ではこのような人間は批判と、そして刑罰の対象となる。
そこで彼らが辿り着いたのは、アビスと呼ばれる外の世界の力が及ばない地の下。
何階層にも分かれているここは、奥に行けば行くほど独創的な表現の持ち主が住んでいる。
「なんせミヤデス監督の新作は7年ぶりなのよ。本人も高齢だって聞くし、これが遺作になるかもしれない。だったら行くしかないじゃない!」
彼ら表現者の作品を求める者はアビスに潜る。しかし、そこは法の届かない場所。自由であるゆえに、そこでは何が起きようとも自己責任だ。
「でも、命あっての物種だ。ほんとにヤバくなったら退くぞ」
「私にとっては、おもしろい物語に触れられない世界の方が死ぬことよりつらいわよ」
「・・ったく」
3人は少し休憩したあと、再び先を目指す。
まだ見ぬ興奮と喜びを求めて。

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