空想お散歩紀行 あなたを成長させる講座
安楽椅子探偵という言葉がある。
自分自身は現場に赴かず、外から与えられる情報だけを頼りに推理をし、事件を解決に導く探偵のことだ。
アタシも言うなれば、その安楽椅子探偵に含まれるのかもしれないが、アタシはそもそも現場に行く必要すらない。
なぜならアタシはネット上で起こっている事件のみを取り扱っている探偵だからだ。
ネットの広大な海が活動場所であり、そういう意味ではこの世界よりも広いかもしれない。
「で?警察が直々に来るなんて珍しいですね?アタシみたいなのは嫌いなのかと思ってました」
個人事務所のテーブルを挟んでアタシの目の前に座っているのはスーツでピシッと決めた男。組織ってのは常に外見を気にしなければいけないからアタシは好きになれない。堅苦しいのはごめんだ。
「ああ、嫌いだよ。勝手に事件にしゃしゃり出てきて荒らしていく。ルールも何もあったもんじゃない人間は嫌いだ」
ハッキリしている人間は好きだが、こいつは嫌いだ。アタシは即座にそう判断した。
第一勝手にしゃしゃってるわけじゃない。あくまで依頼が無いとアタシは動かない。純粋な興味だけで動くことなんて稀だ。それにアタシのおかげで真相が暴かれたことも一度や二度じゃない。
それを言い返そうかとも思ったがやめた。アタシは真実を暴くためなら、多少後ろ暗いことも平気でやる。
でも目の前のスーツにそれは通じないだろう。さっきの言葉で確信できる。
アタシの嫌悪感を知ってか知らずかスーツは話を続ける。
「正直に言うと、行き詰っている。だが解決のために手をこまねいている時間は無い。今は悪魔の手でも借りたいところなんだ」
悪魔と来たか、まあ善意に訴えられるよりマシだけど。
「警察からの依頼ということならば、何かの事件の解決ということですか?」
「正確に言えば、複数の事件の裏側にあるモノについて調査を頼みたい」
どうやら単純な話では無さそうだ。アタシは少し興味が湧いてきた。
「複数?裏側?」
「最近うちの所管で捕まえた犯罪者2名。そして全国で逮捕されている何人もの犯罪者。中身は殺人から窃盗まで様々だが、共通していることがある」
スーツが取り出した捜査資料。ニュースで取り扱われたものからそうでないものまでいろいろある。まあ、アタシは全部知っているが。
だが共通点は見つからなかった。犯人の性別、年齢、職業等々バラバラだ。
「犯人は皆『成長できたから実践に移した』と供述している」
「成長?」
「どうやら犯罪のやり方を教えている教師みたいなやつがいるらしい。だが正体不明。分かっていることは犯人は全員オンラインでそいつから教えを受けているということだけだ」
「だからアタシのところに依頼に来たってことですか」
「そうだ。そして、その教師の顔は分からない。アバターを使っているそうだ。声や話し方も男だったり女だったりと供述はバラバラだ」
「複数犯の可能性もあるってことですか?」
そう言いながらもアタシは心の中で単独犯の姿を思い浮かべていた。これは何の根拠もないただの勘だった。
「確かにその可能性はあるが、俺は単独犯だと睨んでいる。勘だけどな」
変な所で息が合ってしまった。
「分かりました。お受けしましょう。では可能な限りそちらが持っている情報を教えて頂けますか?」
安楽椅子探偵の仕事開始。ネットの海で蠢く謎にアタシはこの場から一歩も動くことなくその真相に迫っていく。
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「はい。じゃあ今日のレッスンはここまでですね。いい調子ですよ、この調子でがんばりましょう」
にこやかな笑顔で一人の男がパソコンの前で喋っている。
彼は今、オンラインでの英会話講座を終えたところだ。
「ふう、さて次は、と。ああ彼女の番か」
彼は大して休憩もとらず次の生徒のためにオンライン教室の場所を開く。
彼は人の成長を見るのが好きだった。そこに善悪の基準は無い。小さな子供が算数の問題を解けるようになることも、テロリストが自らの理想のために爆弾を作れるようになることも彼にとってはどちらも同じく美しいものだった。
そして、パソコンの画面に女性の姿が映し出される。彼の姿が映る方の画面は可愛らしいウサギのキャラクターになっていた。
「やあ、こんにちは。一週間ぶりだね。元気だった?」
先ほどの英会話講座の時とは声の質がまるで変わっていた。
「じゃあ今日も勉強がんばろう!元夫に気付かれずに復讐する方法。今回は効果的な毒の盛り方だよ」
善悪の区別なく新たな成長が始まっていく。
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