空想お散歩紀行 奪われた仕事
いや、もう最近は商売上がったりよ。
その悪魔はタバコを片手にそう呟いた。
彼らは地上に地獄を作り、人々を恐怖と絶望に落とすのが仕事だ。
だが、そんな彼らも今の時代ではため息をついている。
昔は良かったと悪魔は言う。
かつては、天災など人間が理解できないもの、対処できないものは悪魔の所業と畏れてくれた。
だが、科学の発達が森羅万象を数字と式に分解してしまった。
そこから人間は自ら世界に地獄を作り出していった。いや、過去からそういうことはあったが、そのスピードが各段に上がったとのことだ。
分かりやすいのは戦争だ。そこでは血と悲鳴が飛び交い、まさに地獄にふさわしい光景が広がっていた。
悪魔たちは不安を募らせたという。自分たちの仕事が無くなるのではないかと。人間が悪魔に畏れを抱くことが無くなるのではないのかと。
だが、これでもまだ事態は深刻ではなかったのだ。
戦争は確かに地獄かもしれないが、それでもそれが起こるのは歴史の中でも特異な場面でだけだ。
だが、今は違う。
その悪魔は言う。
知っているか?ネットの中を、SNSと呼ばれる空間の中を、と。
悪魔はネット空間の中に入ったことがあるという。
どこまでも広いその中では、場所にもよるが、
常に血の雨が降り、怨嗟の叫びが渦巻いているという。
あれこそまさに地獄だと悪魔は言う。戦争のようにいつか終わるものでもない。季節昼夜時間を問わず、常にそこにある。
あれを見ちまったら、俺たちの存在意義はもう無いのかもしれないと考えるようになったと、悪魔はタバコを足元に捨てると、二本目に火を付けた。
悪魔の仕事は人間に奪われたのだと、ぽつりと呟いた。
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https://note.com/tale_laboratory/m/mc460187eedb5
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