空想お散歩紀行 異世界管理局オペレーションセンター
異世界。それは今自分がいる世界とは全く異なる世界。
だと考えている人がほとんどだろう。
だが真実は違う。いや、それも間違いなく異世界なのだが、それはほんの一部の中の一部に過ぎない。
科学が異常に発達した世界と、魔法が存在し、ドラゴンが空を飛ぶ世界とは物事の両極であり、黒と白、光と闇、アルファとオメガのようなもので、本来はその間に無数のグラデーションがある。
世界と世界の間は、実は薄いカーテンで隔てられたあちらとこちらのようにすぐそこに存在し、しかもほとんど見分けがつかないようなものなのだ。
だからその世界に住んでいる人々は、実はちょっとしたことをきっかけに自分の世界と隣り合った世界に行ってしまうことがある。
だが、先程も言ったように見かけ上はほとんど変わらないためそれに気づかないのだ。そして気づかないまま、また元の世界に戻ってくる。
「現在、358EQ8Xγ世界境界密度イエローレベル38。渡航者総数は8ラインで安定しています」
「rYw40EE世界から一名、世界境界を6つ飛ばして移動を確認。トレース開始してください」
「あの世界は自然信仰が強いからな。そういうとこは森や海で境界に穴が開きやすいんだ」
「おーい、先月の報告者まだー?」
いくつもの声が鳴り響き、飛び交う部屋。
そこは世界の境界を日々休むことなく監視し続ける時空管理局の一室。
全員がモニターを前にキーボードを叩きながら、同時にヘッドセットでどこかと連絡を取り合っている。
この緻密な情報の収集と相互連絡がこの仕事の9割と言っていい。彼らの働きで世界の安定が保たれているのだ。
「今日はこれといったことが起きなくて平和でいいねー」
「ちょ、やめてくださいよ。そういうこと言ってると・・・」
その時、部屋の中央に置かれたランプが赤く点滅を始め、同時にけたたましいアラーム音が鳴り響いた。
「・・・ほら、やっぱり」
いつ何が起きるか分からない仕事では、不用意な安心をすると、決まって良くないことが起こる。これはどの世界でも共通のフラグなのだ。
緊急事態発生の通報。情報の収集と連絡が9割の仕事で、残りの1割が今始まった。
トラブルが起きた時の対処。起こる確率は高くはないが、この仕事のストレスの9割はこちらである。
『現在、YBΘrt887世界において、同一存在の重複を確認。対象は現在半径5キロ圏内にて
共に徒歩で移動中』
「やっべ!特別インシデントレベルじゃん!」
上がってきた報告を聞いた者たち全員の間に一瞬で緊張が走った。
人間が世界間を移動すること事態は特に珍しくもない。
それまで科学の世界に生きていた人間が、魔法の世界に行ってしまうことも稀だがある。
問題になるのは、決して犯してはいけない一つのルールのことだ。
そのルールとは、『一つの世界に、同一存在が二人以上いてはならない』
とある世界ではドッペルゲンガーとして語られることがある。
これの何が問題なのかと言うと、同一存在が接触してしまった場合、ルールを守るために、その世界が『消滅』してしまうのだ。
ドッペルゲンガーの言い伝えでも、ドッペルゲンガーに出会った人間は死ぬと言われている。本人にしてみれば、自分が死ぬことと、世界が消滅することの間に差など無い。
全ての世界の安定を目的とする時空管理局としては一番起こしてはいけない事例が世界消滅であり、起こそうものなら管理局の上から監査が入ったり、部署のそれなりの地位の人は方々に謝罪に行ったり、オペレーターとして前線で働く人たちは再発防止の案を出させられたりする。
とにかく、めんどくさい以外の何ものでもない。
だから世界消滅だけは何としても避けねばならない。
「至急作業員を現地に送れ!各種道具の使用にランク制限は設けるな!とにかく使える物は全部使え!絶対に同一存在を接触させるな。
最悪の場合は現場の判断で、異世界側存在の殺害も許可する!」
彼らにとって一番の優先事項は世界の安定であって、世界間を移動して人間がその先でどうなろうと知ったことではないのだ。
生かして問題解決できれば一番スマートだよね、くらいの感覚しかない。
「くっそー。残務処理で今日残業確定じゃん・・・」
一人のオペレーターが愚痴をこぼす。世界の安定は彼らの日頃の時間外労働で支えられているのだ。
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