空想お散歩紀行 風の竜の民
その土地から風が止むことはなかった。
なぜならその土地は雲と同じくらいの高さにあり、そして、常に移動していたからだ。
風の竜。大きな島程の大きさのあるその生き物は常に空を飛んでいて、一度も地上に降り立ったことは無い。空気中の何かを摂取して生きているらしいが詳しいことはまだ分かっていない。
そして、この竜の背中で暮らしている人々も存在していた。
風の竜の民。竜の背中は肥沃な土地として多くの植物や作物が実る。小さな森もあるくらいだ。
さらに竜の体表にある毛や、古くなって剥がれる皮膚などは重要な資源として人々の生活に役立てられている。
そこに住む人々は竜を神として祀り、あくまで住む場所を貸してもらっているという心を持って竜を大切にしている。
なのでそんな竜の健康管理も人々の仕事だ。
「さて、今日も油断せずに行くぞ」
白いヒゲを蓄えた男が部下たちに伝える。
彼はこの道40年のベテランだった。
竜に小さな穴を開け、そこから体内に入り竜の体を診る、医者兼技師。
彼に続く者たちも、皆手に手にそれぞれの仕事道具を持っている。
彼らの仕事内容は大きく分けて二つ。
竜の体の管理と、外敵の排除である。
ここで生まれ育った者たちと違い、外から来る者は竜を自分たちの獲物としてか見ていない。
時に、竜の体内に巣くいその栄養を貪る寄生虫のような魔物たち。
そして、竜から採れる貴重な素材を狙って乗り込んでくる人間たち。
後者は稀だが、ある意味前者より性質が悪い。
動きが単純な寄生虫どもと違って、道具や策を弄してくるからである。
だがしかし、そんな外敵たちよりも深刻なことがじわじわと広がっていた。
「ふむ。ここもか・・・」
白髭の男がため息をつく。
竜の右翼に繋がる箇所の一部の動きが悪くなっているの気づいたのだ。
おそらく骨の関節の部分で何か不具合が起きているのではないかと男は予測した。
「やれやれ、また工事かのう」
彼はここでは一番の技師としてその腕を振るって来た。
人工で竜の体の代替品や補助の品を造り、それで竜を手術してきた。
およそ100年前から竜の体内手術工事は始まり、今や竜の体の1割近くは代替品に替わっている。
半年ほど前に、流れが悪くなっている血管の拡張工事をしたばかりだと言うのに、と男は再びため息をついた。
伝承によれば、既に1000年は飛び続けていると言われる風の竜。
しかし生き物である以上、どこかでその命は
尽きるはず。
自分が生きている間はおそらくそれはないだろうが、その時が来たらここの民の歴史もそこで終わるのか、それとももっとすごい技術が出てきて竜の命を繋ぐのか、それは今の彼にはとても分かることではなかった。
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