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空想お散歩紀行 遠く離れたところへ届くと思っていると?

「では、よろしくお願いします」
記者生活10年目にして、おそらくこれが今後の生涯でも一番の山場になりそうに私は感じていた。
「ああ、よろしく」
何せ今、私の目の前にいるのは、最悪最凶と謳われている魔導士、ノーブル・アロガンテなのだから。
今や、世界中からお尋ね者として手配されているこの男にひょんなことからコンタクトが取れて取材を申し込んでみたところ、あっさりと承諾が取れてしまった。
最初は大スクープが取れると思っていたが、だんだんと不安が大きくなっていった。
当然だ、相手は凶悪な魔導士。私なんぞ一瞬で殺されてもおかしくない。
直前まで逃げ出そうか躊躇していたが、ほんのわずかばかりの好奇心、もしくは記者魂とでもいうべきものが勝った。
しかし、実際に本人を目の前にした感想は、そんな恐怖に満ちたものではなく、むしろ逆。
穏やかな雰囲気をまとった普通の人間に見えた。ただ、年齢に関しては少なくとも100才は超えているはずだが、どう見ても30代半ば程度にしか見えない。これも魔術の力なのだろうか。
「で、では、さっそくですが、アロガンテさんが魔術を志したきっかけは・・・」
こうして、最凶の魔導士を相手にインタビューは始まった。最初は簡単な、誰にでもするような質問から徐々に深く掘り下げていく。
しかし、いくつか質問と答えをやり取りしていく中で、どうしても私の中の疑問が拭えない。一体この男のどこに世界中から恐れられる要素があるのだろうか。普通にご近所さんにいてもおかしくない程度の人間にしか見えないのに。
「で、では次の質問ですが、あなたは世界最悪の魔導士と呼ばれていますが、それについては・・・」
「・・・・・・・・」
それまで、どんな質問にも流暢に答えてくれた彼が、この質問には少し沈黙してしまった。
私はその沈黙が怖くてたまらなかった。もしかしたら踏んではいけない領域に入ってしまったのかもしれない、と。
しかし、次に彼の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「君はなぜ私が世界から恐れられていると思っているのかね?」
初めて彼から逆に質問を受けた。
しかしその答えに窮している私に、彼は続けた。
「私はどの国にも戦いを挑んではいない。たまに私を討伐しようと挑んでくるものがいるが、そのほとんどから逃げている。今もこうして隠れるように暮らしているではないか」
確かにそうだ。この男がどこかの国に戦争をしかけたとか、討伐隊を返り討ちにしたとかいう話はまったく聞かない。だが、
「あなたが世界中から恐れられている理由はあります。なぜならあなたは多くの人を殺しているからです」
「ほう」
私の言葉に、彼は少しも動揺するところは見せない。むしろまったく無関係の話を聞くように軽く微笑みさえしている。
「あなたの作った遠隔呪法の話です」
なんだかバカにされているような気がしたので少し語気が強くなってしまった。
「なるほど、確かにアレは私が作った術だ」
遠隔呪法。彼が作った禁術の一つ。遠く離れた人物も殺すことができる魔法。
彼を倒そうとする者たちは、彼とまともにぶつかり合おうとはしない。正面から戦いを挑んでも負けると踏んでいるからだ。だから離れた場所から安全に殺そうとする。
「しかし、遠隔呪法を使った術師はあなたを殺すどころか、逆に次々に死んでいきました。皆言っています。あなたに術を掛けたからその反撃を受けたのだと、あなたならそれが可能だろうと」
「なるほどなるほど」
ここにきてもまだ、彼は少し楽しそうに私の話を聞いている。そして唐突に語り始めた。
「私はね、単純に魔法を楽しんでいたのだよ。若い頃はとにかく色々な術を作った。それが何よりおもしろかったからだ。今思えば少し愚かだったと思う。私が作った魔法がどのような使われ方をするかまで考えが及ばなかったのだから」
昔を懐かしむように彼は語るが、それが何の関係があるのか、私には分からなかった。
「当時私のいた国は、私を恐れ始めた。いつか私が自分たちに牙を向けるのではないかと勝手に思い始めたのだ。それに勘づいた私は逃げ出して、そして今に至る」
「つまり、最悪最凶の魔導士と呼ばれるのは、周りが勝手にそう呼んでいるだけだと?」
「そういうことだ」
「しかし、では―――」
「遠隔呪法のことだろう?あれは確かに私が作ったものだが、失敗作なのだよ」
「失敗作?」
恐怖の対象とされているが、偉大な魔導士でもある彼から意外な言葉を聞いた私は正直面食らった。
「あれは、イメージした相手を攻撃する術だ。しかしその攻撃は私には届かない」
「なぜですか?」
「術者は私を攻撃しているつもりだろうが、その術者が思い描く私は『あいつはこんなやつに違いない』『こんなことをしているに違いない』という己のイメージでしかない。つまり、攻撃しているのは『私』本人ではなく、『その者のイメージの中の私』に過ぎない」
彼のその言葉を整理するのに私は少し時間が掛かった。
「えーと、つまり、遠隔呪法を使った者はあなたを攻撃しているつもりで、その実自分自身を攻撃していた、ということですか?」
「そうだ。そんなことをすれば、そりゃ死ぬわな。だから失敗作なのだ」
何ということだ。そんな秘密があったとは。それでは遠隔呪法で死んだやつは、言ってしまえば壮大な自殺をしただけではないか。これはすごいスクープを手に入れた。当の本人から魔法の秘密を聞き出せたのだから。私の胸はいつになく高鳴っていた。
だが、そんな私の興奮をよそに彼は言葉を続けた。
「だけど、この話は私にとって都合がいいのだよ。何せ私が何もしなくても自滅してくれるのだから。勝手に自滅して勝手に怖れて、私は静かに暮らせる」
「え?」
彼の言っていることが一瞬分からなかった。つまりこの話を私に聞かれたことは問題ということだろうか?
そんな私の心を読んだかのように彼は、
「今日君にこのことを話したのはほんの気まぐれさ。そして何の問題も無い」
そう言うと、彼は指を一回パチンと鳴らした。
私の周りの景色が全て真っ白になった。
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「では、失礼します」
私は頭を下げ、そして扉を閉める。
今日は思った以上に良い取材ができた。
「この地方に伝わる郷土料理、ローグ豚とハーブの蒸し焼き。簡単に出来て旨い。うん、主婦の方々に受けそうだ」
このレシピをいかにして、単なる料理紹介の記事ではなくエンターテイメントに落とし込めるかが、今度は記者の腕の見せ所だ。
私は記事の内容を考えながら、帰りの路についた。

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