空想お散歩紀行 悪魔憑きカウンセラー
人は、思っている以上に自分で自分のことは分かっていない。
「ありがとうございました。とてもスッキリしました」
「いえいえ、これからも無駄に溜め込みすぎないようにね」
女子高生と見られる女の子がお礼を言って部屋を出ていく。後に残されたのは白のセーターに短髪の黒髪、黒縁のメガネを掛けた、いい意味ではスッキリと清潔感があると言えるが、悪い意味ではこれといった特徴のない、ぱっとしない雰囲気の持ち主だった。しかし、「ぐへへッ。やっぱりあんな大人しそうなのに限って、いいモン持ってんだよなあ」
下卑た声が部屋に響く。部屋には男しかいない。そう、人間はその男しかいない。
突然、男の肩の辺りから黒い塊、一見するとコウモリのようにも見えるが微妙に違う、何か生き物のようなものが飛び出してきた。
「なかなか良かったぜえ。今の女。また来てくれねえかな」
「僕としては、そんなことはない方がいいんだけどね」
男は特に取り乱すこともなく、「そいつ」と会話を交わす。もう男にとってはこれが日常だからだ。
「そいつ」はある日突然男の前に現れ、憑りついた。なんでも、そいつは悪魔の一種で、自分の王の復活を目指しているんだとか。そしてそのために必要なのが、人間の負のエネルギー。怒りとか悲しみとかだ。そのエネルギー収集の協力を男に願い出た。
そして、半ば強制的に契約をさせられたわけだが、男は代わりにそいつから力を与えられた。それが、
「本音」を見抜き、それを引き出す力だった。
なぜその男が選ばれたのかというと、彼は心理カウンセラーだったからだ。
「やっぱお前を相棒にして正解だったぜ。ここにいるだけで、次から次へとエサがやってくる」
「そういう言い方はしないでくれ」
男は呆れたように、肩のそいつに文句を言う。
だが、言っていることは全くの外れではない。ここには毎日のように心に重い鎖を付けた人たちがやってくる。
先ほどの女子高生もそうだ。学校や家庭での人間関係に悩んでいた。彼女は話しただけでとても優しい人物だと分かった。でもそれだけに自分よりも他人を優先して、自分の想いを押し殺してきた。さらにそれを自分が力不足だからと自分のせいにしていた。
だから彼は、彼女の「本音」を引きずり出した。そうしたら、出るわ出るわ、今まで押さえつけてきた怒りや悲しみ、自分に対するもの、他人に対するもの全てが。人は心に鎖を付ける時、得てして周りに原因があると考えがちだがそうではない。自分で自分に鎖を付けるのだ。今回、彼がしたのはそれを外す手伝いをしただけで、外したのは彼女自身だ。それを外した時の彼女から出てきたのはまさに彼女自身の魂の叫びだったというわけだ。
毎回この叫びを聞くとき、彼は悲しい気持ちと良かったという気持ちが同時に湧く。
まあ、彼に憑いているそいつは、その瞬間一番うれしそうにケラケラ笑っているのだが。
「なあ、いつも思ってることがあるんだが」
「何だ?」
そいつはめんどくさそうに返事をする。
「この能力なんだが、本音が見える時、こう何て言うか、口から黒いドロっとした物が出てくるのが見えるの、何とかならないのか?」
「仕方ねえだろ。そういうもんじゃん、本音ってやつはよ」
確かに実際そうなのかもしれない。
「ま、気にすんな。それよりもこれからもよろしく頼むぜ。お前は人間の悩みを解消する。俺様は王を復活させるためのエネルギーをちょうだいする。ウィンウィンってやつだ」
実に楽しそうに笑うそいつを横目に、男は次の診察予約を確認する。
彼はその王とやらが復活したらどうなるのかとか、正直よく分からない。
彼が分かるのは人の心の一端が見えるようになったこと。確かにそれはドス黒く、重苦しいものだ。
しかし彼は、自分に憑いたそいつでも気付いていないことを知っている。
人から吐き出された、その黒い塊の最後の最後には、実に美しい光もまた見えているということを。
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