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空想お散歩紀行 魔王を倒したその後の世界で

街の中央で歓声が上がっていた。
その大きな喜びの声の中心にいるのは一人の若者。
彼は、この地方を根城にして周辺に住む人々に長い間脅威を振りまいていた黒竜を先日倒したのだ。
今はそんな彼を英雄と称える人々が道を埋め尽くしている。
人々の歓声に持ち上げられて、その若者は自分の持っている剣を高々と天に掲げた。
一層湧き上がる歓喜の声。
その観衆の中に一人、眼鏡を掛けた笑顔の男が立っていた。
だが、彼の笑顔は周りの人々と比べると微妙に違いがあった。
それは喜びというよりも、満足気といったほうが正しいだろう。
「いやあ、彼、またやってくれましたね」
眼鏡の男に一人の女性が声を掛けてきた。
彼女は右手に串焼きと左手に飲み物のカップを持っている。英雄を称える一種のお祭り騒ぎに乗じて出店が出ていたのを彼女は見逃さなかった。
「ええ、彼は本当のすばらしい剣士ですよ」
目線の先で若者が手にしている剣。その柄に彫られている月と炎の紋章。
それと同じ紋章が、眼鏡の男と隣の女性の服の首元のバッジに描かれている。
グンダリ商会。主に武具の製造から輸送、販売まで手がける組織である。
彼らはその商会の一員だった。
「彼が活躍してくれることで、我々の武器の評判も高まります。そして英雄に憧れる人は多い。英雄と同じ物を持てば、自分も英雄になれると考える」
「いい材料を使っていれば、おいしい料理になるはずだっていうくらい浅はかですね」
串焼きを口いっぱいにほおばりながら話す女を尻目に男は群衆から離れた。
「さて、次の打ち合わせに行きますよ。先方を待たせるわけにはいきません」
「はーい」
英雄を一目見ようとする人々とは逆方向に歩き出す二人。
「次の打ち合わせって、エゼル地方の商人さんでしたっけ?」
「ええ、あちらの国は今、魔王軍幹部の海魔将軍率いる軍勢と戦争中ですからね。質の高い武具を流さないといけません」
「でも、いくら何でも安く売りすぎじゃないですか?原価割れギリギリですよ」
「いいんです。私たちの目的は、我々の商会の武器を広く使ってもらって魔王軍に勝つことですから」
魔王軍に勝つ。それは長年の人々の悲願であり、平和な世界を望む祈りであった。
しかし彼の眼鏡の奥の瞳は、そんな希望というようなものは少しも感じられなかった。
「それが、次のステージへの投資になる」
彼にとって重要なのは、魔王軍にただ勝つことではなく、グンダリ商会の武器で勝つというところだ。
「新しい戦争に備えてってやつですか?」
「そうです。魔王が倒され、世界から魔物たちがいなくなったとしても、人間と武器は残ります。次に始まるのは人間同士の戦いです」
「正直、そうなりますかね?今だってけっこう戦いにうんざりしてる人は多いですよ?」
隣を歩く女の質問に対し、男の方は特に表情を変えることなく話を続ける。
「確かに、しばらくは平和を楽しむでしょう。しかしまた戦いは始まります。絶対に。現に、魔王が出現する前の歴史は、人間同士の戦いの歴史でした。今は、魔王という共通の敵が現れただけの休戦状態なのですよ」
「魔王がいる今の世界を休戦状態って言うの、たぶん先輩だけですよ」
彼の表情は変わらない。その視線は前を見ているようで、実はもっと先の何かを見ているのではないかと、後輩の女は度々思っていた。
「今の世界は人間対魔族という、あまりにシンプルな構図です。やはりプレイヤーは多い方がいい。多くの国と人とが入り乱れれば、そこに不安が生まれる。不安は力を求める。その時に我々の武器が選ばれなければいけません」
終わることのない戦い。それこそが武器商人である彼らの安息の時代だ。
人類と魔族が存亡を懸けた戦いですら、彼らにとってはビジネスシーンの一つでしかない。
「1本の伝説の剣より、100万本の鉄の剣の方が世界を動かすのです」
「そう聞くと、先輩が新しい世界の新しい魔王になるみたいに聞こえますよ」
後輩の一言に、男は珍しく口の端を軽く上げた。
「まさか。そんな面倒な椅子はお断りですよ。私は生涯前線で頑張りたいんですから。国と国、人と人がどれだけ争おうが、私はそれぞれの国や人とは仲良くしたいんですよ」
その言葉の意味をいまいち把握できないのか、後輩の女は頭の上に視線を上げていた。
男の方も、いつの間にかいつもの表情に戻り、ただ前を見て歩いていた。

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