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空想お散歩紀行 地面の下で、光を見るヒーロー志望

建付けの悪い木のドアが不快な音を鳴らしながら開く。
「あ、おかえりー」
少女が明るい笑顔で出迎える。
質素な木造の小屋の中は、常に光を発する特殊な鉱石でできたランプが照らしている。そうした物があるのは、ここが灯りを常に必要としているからだ。
「今日はどうだった?」
「驚くなよミナ。中型のブラックドラゴンやったぜ。ありゃランク4は堅いな」
ミナと呼ばれたその報告にさらに顔を明るくした。
その反応に背中に剣を背負った、まだ15、6くらいにしか見えない少年、ゼンは気分を良くした。
「お、帰ったかゼン」
「へえ、ブラックドラゴンやったのか」
ゼンが帰って来たのに気付いて、家の各部屋からぞろぞろと人が出てきた。
みんな、ここで暮らす仲間だった。
彼らがいるのは地下。上を見上げれば、そこにあるのは厚い岩盤。
この地下世界は魔物の巣窟。大まかに分けると地上に一番近い第一層から最下層の第七層までに分かれているこの地下で、彼らは第三層に暮らしている。
理由は魔物の討伐。
魔物たちは常に地上を目指して侵攻しており人類はそれを阻止している。
地上と地下の境界線がそのまま人と魔物の国境のようなものだった。
「よーし。じゃあ今日はちょっと奮発して宴会にしようぜ」
仲間の一人が、戸棚から酒を取り出す。
「中型のブラックドラゴンごときでそれはやりすぎ」
他の仲間は冷静にそれを止める。
結局、多数決で宴会は始まってしまった。
「いつもこうなるんだから・・・」
「まあまあ、いいじゃない」
狭い家の中で騒ぐ仲間たちに対して、ミナはゼンに話しかける。
「それにしても、ゼンの体っていつ治るのかしらね」
人間が地下に潜る理由はいくつかある。
魔物たちの動静の調査。地上への侵攻の阻止等々ある。
この家にいるのは、単に魔物たちをたくさん狩ることで金と名声を得ようという者たちの集まりだ。
こういうグループは、この地下の至る所に、魔物たちに見つからないようにいくつも存在している。
そんな中で、ゼンの事情は特殊だった。
彼も最初は地下で魔物をたくさん倒し、地上でヒーローになることが夢だった。
しかしある戦いで瀕死の重傷を負い、その時にどこからともなく現れた、正体不明の影と契約を結んでしまった。
それによって生き延びることはできたが、日の光を浴びることのできない体になってしまった。日光に当たると消滅してしまう。
「ま、どこかに解決策はあるさ。ここはどこまでも深い世界だからな」
ゼンはいたって前向きに物事を考えている。いつかまた元の体に戻って地上に上がれる日が来ると。
「あーあ、早くここから出て高いとこに住みてーな」
地下は魔物がはびこっている。地上付近は常に小競り合いが絶えない。
なので地上世界では、王族貴族や財力や権力といった力のある者ほど、山の上や塔の上など、地上から離れたところに住んでいる。
地下に潜っている者は皆、いつしか少しでも太陽に近い所に行きたいと思っている。
この深い地面の下で、ゼンは窓から外を見る。今はまだその目に映る空は、空ではなく天井と呼ぶような岩の塊だった。

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