空想お散歩紀行 科学と神の二人旅
「おー、動いてる!動いてるぞ!」
「ああ、もう遅いですから静かにしてくださいね」
夜行列車の客室の一つで、外を眺め騒ぐ少女を一人の男がたしなめていた。
「これが列車か。こんな大きな塊が動くなんて、一体どんな神様が力を貸しているんだ?」
この二人が出会ったのは2週間前。彼女、エスパナの住んでいる土地に、科学者のゼルフがやってきたことが始まりである。
その土地には古くから伝わる古代遺跡があり、ゼルフはその調査のためにやってきた。
しかしエスパナは、彼を遺跡に侵入した賊と勘違いし攻撃を仕掛けた。
その時、偶然にも遺跡に眠っていた古代の装置が発動。2人そろって遠く離れた地に転送されるというはめになってしまったのだった。
「見ろ!ゼルフ!光柱が立ってるぞ!」
彼女の嬉しそうな声が向く方に目線をやると、星が輝く空に、ぼんやりとした光りの物体が浮かんでいた。星よりもずっと高度は低いが
ゆらゆらとまるで海の波間に漂うように、それは揺れていた。
それを見て手を合わせて何かをお祈りしているエスパナに対して、
「ああ、あれはパーティライト現象って言うんですよ。空気中の細かい塵と上空の冷たい空気とが合わさって―――っが!」
説明している途中のゼルフの顔に、布で包まれた長い棒状の物が押し込まれた。
「ちょ、やめてください」
「光柱は、別命『幸運を送る報せ』という意味で、私たちの集落ではとてもありがたいものなんだ。見たら皆願い事をする」
「わ、分かりましたから、槍はしまって・・・」
やれやれとエスパナは布で厳重に包まれた自分の武器をどける。
「ふう、言っときますけど、それむやみに振り回さないで下さいね。列車にそういうの持ち込むのほんとはダメなんですから」
「分かってる。お前が神様を否定しない限りはな」
「そういうつもりはないんですけどねえ」
この2人は決定的に価値観が違う。
エスパナは産まれてから一度も自分の集落を出たことはない。
その集落は、今では珍しくなった自然信仰を元に暮らしている人々で構成されている。
人間、動物、植物、自然現象、その他ありとあらゆるものには神が宿っていて、それぞれに意味があり役割があるというのが基本の教えだ。
逆にゼルフは、この世の現象を法則と計算で解明するのが仕事だ。
エスパナから見れば、彼は神様がこの世界で振るう力を否定する、『神殺し』をしているも同義と言える。
だから例の古代遺跡から転送されてから、しばらくはゼルフのことを敵として見ていたが、最近になって少しはその見方を改めるようにはなっている。
今二人は、エスパナの故郷へ戻る最中であった。
途中、危険な目にも何度か合ったが、ゼルフの知識と、少女ながら高い戦闘力を持つエスパナのおかげでくぐり抜けてきた。
「いいか。村に帰ったら、遺跡荒らしとして村の審判に掛けられる。ひょっとしたら私の誘拐容疑も加わるかもな」
「えー、そこはエスパナさんが釈明してくださいよ」
「まあ、お前が根っからの悪人じゃないことは分かったから助けてやってもいい。またコパールをくれたらな」
いじわるそうな笑みを浮かべるエスパナ。
「わ、賄賂を請求されている」
初めて外の世界に出たエスパナにとって、自分の知らない世界は感動を覚える物が大量にあった。特にお菓子にはすっかり気持ちを持っていかれてしまった。
「まあ、僕もまたあの遺跡には行きたいですしね。あの転送装置の秘密をぜひ解明したい」
「また神殺しか?」
再び向けられた槍に、ゼルフはぶんぶんと顔を横に振った。
星空に浮かぶ光柱に見下ろされながら、列車は闇の中を進んで行く。
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