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空想お散歩紀行 テンシとの主従関係

「我が生涯一生の不覚ッ!かくなる上はッッ!!」
「ああもう!やめやめやめッ!!」
・・・・・・・・・
「落ち着いた?」
「かたじけない」
自分の一生というのはどういうものになるのだろうか。
どんな風に生きて、どんな人と出会って、どんな風に死ぬのか。中学生という年齢になったら一度は考えるものだろう。
と、思っていたら、私の人生はあっけなく終わった。
私、片桐風音(かたぎりかざね)は14才という若さでこの世を去った・・・はずだった。
「もう一度確認するけど、私の死は事故ってことなのね?」
「そうでござる」
目の前で跪いているのは、どう見ても歴史の教科書で見た、甲冑を着こんだお侍さん。顔は兜と面でいまいち分からないが、そこまで年上というわけでもなさそうに思える。

ことは昨日の晩にさかのぼる。
蒸し暑くて寝付けなかった私は、風に当たろうと外に出た。
田舎だから街灯の数は少なく、暗い道は多かったが、その分人もいない。変質者もこんな田舎までは来ないだろうと思えるくらいの田舎だ。
外の空気は涼しく澄んでいて、気分よく散歩していた私だったが、その時暗闇の中で何かが動いたのを見た。
それは夜の闇の中でもはっきりと分かる黒い何か。
それが自分の方に近づいてきたと思った次の瞬間、私の視界を支配したのは白い閃光だった。
「そして気づいたら知らない場所にいて、なんか頭の上に分かりやすい輪っかが浮かんでたんだけど」
目覚めた時は驚きというよりも、何と言うか不思議な感覚だった。
白くふわふわした感じの地面。昼間のように明るいけれど、私の知っている昼間とは明らかに違う。でも何だか優しい光に満ちた空間。
知らない場所のはずなのに、どこか懐かしさを覚えた。
そして直感的に気づく。ああ、私って死んだのかなって。
と、少し寂しい気持ちになりかけたその時、私の目の前に何かごつごつした物体があることに気付いた。
それは、この侍が土下座していた姿だった。
「この度の出来事ッ!何とお詫び申し上げればいいか、まったく言葉にできませぬ!かくなる上はこの命をもって償いたく―――」

と言うわけで、私の前で何度も切腹しそうになるこの侍をその度に止めて、何とか話を進めてきた。
「何度も話が往復するようだけど、今私が死んでるのは完全な手違いなのね」
「そうでござる。風音殿は完全に巻き込まれた被害者でござる。そもそも死ぬ運命にある人間はその時間と場所があらかじめ決まっているのですが、その予定帳に風音殿の名はござらん」
「じゃあ何で私は死んだの?」
「あの夜、拙者は戦いに出ておりました。今、天界は戦の真っ最中。元々我らの陣営だった者が謀反を起こし、人間界における生と死の均衡を崩そうと日夜暴れ回っている状態なのです」
そう言えば、最近妙なニュースを聞くことが多い。原因不明の事故があちこちで起こっているというものだ。
「じゃあ、昨晩見たあの黒い影が私を・・・」
「確かに、あの黒い影が我らの敵なのは間違いないのですが、アレを追って仕掛けた拙者の攻撃が外れて、風音殿に当たってしまったのでござる」
「お前が私を殺したんかい」
「年端もいかぬおなごに手を掛けたとあっては一生の不覚ッ!かくなる上は―――」
「ああもう!それはもういい!」
そこからさらに、途中でつまずきながらも話を進めた結果分かったのは、私は死んだとは言え、肉体の方は完全に死んだわけではなく、いわゆる仮死状態となって今は病院のベッドの上にいるということ。そして、
「予定にない死が起こった場合、生き返ることができるのね」
「左様。過去に同じように甦った例がいくつもあります」
時々聞く、死の淵から奇跡の生還みたいなやつね。
「ただ、一つ不穏な情報があるのです」
「どういうこと?」
「今我らが戦っている謀反を起こした者たちは、しきりに現世の人間を襲っています。しかしそれは全て風音殿と同じ、死の予定が無い者たち。本来なら生き返ることができるはずなのですが・・・」
なんだろうとてつもなく嫌な予感がする。
「この浄土に来たそれらの者たちが、さらに襲われている事例が多発しています」
「それってつまり・・・」
「つまり、風音殿もこれからまた襲われる可能性が高いということです」
「もし襲われたらどうなるの?」
「最悪、魂の消滅。今度こそ完全に死を迎えることになるかと」
なんてこった。一度死んだと思ったらさらに死ぬことになるのか。
さすがに気分が滅入りそうになったが、この侍は突然立ち上がると声を高らかに私に言った。
「だが、ご安心なされ!風音殿が生き返るその日まで、拙者が必ずやお守り致す。このテンシの何懸けて!!」
腰から刀を抜いて高々と掲げているが、私にはどうしても聞き逃せない単語があった。
「へ?天使?天使ってあの天使?あんたが?」
天使と言えば、こう子どもっぽい姿で背中に羽がある。純粋無垢なイメージがあるが、今ここにいるのは、無骨な鎧を身にまとった、戦うという言葉が形を持ったような、全く別の存在だ。
だが、私の混乱に気付いたのか、すぐにこいつは手を左右に振る。
「いやいや、いわゆるそっちの天使ではなく、拙者は天士。天の侍という意味ですな」
「ああ、そう。まあ別にいいけど、で?これからどうするの?」
「まずは今回のことを報告に中央役所に向かおうと思うでござる」
とにかくここにいても何も始まらない。私はさっさと行動を起こすべく立ち上がった。
しかし今度は侍の方が、うやうやしく跪く。
「ではこれより、我が主君は風音殿、あなたです。我が全身全霊を持ち、御身を必ずや例えどんあ悪鬼羅刹を前にしても守り抜くことを誓いましょう」
「ああ、もうそういういいから」
こう堂々と守るとか何とか言われるとこっちの方が恥ずかしくなる。
「そうですか。では参りましょう風音殿。いや、もう我が主ですから、姫の方がよろしいですかな?」
「いや、やめて。なんか頭悪い女みたいだから」
こうして、鎧甲冑に身を包んだ天士と生き返るための旅が始まった。

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