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空想お散歩紀行 電脳世界にどっぷりようこそ

2130年。物理現実と仮想現実の差がほとんどなくなり、誰もがリアルとバーチャルの2つの世界で人生を生きている。
職業、医療、インフラ等々かつては解決が難しかった問題も、新しい世界とそれを支えるAIたちが解消してきた。しかし問題を解決するための手段が新たな問題を生む。それもまた世界の姿だ。
「今月に入って7人目か」
程よく片付いたオフィスで、今や絶滅危惧種も同然となった加熱式タバコを口にくわえながらひげ面の男が資料を見てつぶやいた。
「やっぱりこれも、例のアレですかね?」
向かいの机では男の後輩である女性が同じ資料を見ながら問いかける。
ここは、とある警察署。ネット上の犯罪を専門に扱う部署だ。
彼らが話しているのは、昨今話題になっている案件。
仮想空間に突如できあがった娯楽都市、その名も「ヴィンチ」
「そこにないエンターテイメントはない、娯楽都市、ねえ・・・」
「今年でちょうど100年目ですし、タイミング的にも何か匂いますね」
今からちょうど100年前の2030年。AI分野におけるシンギュラリティが起きた。
超高度に発達したそれら人工知能たちはネット上の人々の趣味、嗜好を瞬く間に分析、再構成し、それぞれの人にピッタリと合った娯楽を作り始めた。音楽、映画、マンガ、アニメにゲーム。AIたちによる作業は人間のそれとは比較にならないほど早く、ネットの出現以降膨らみ続けて止まらない人間の欲望を見事に包み込んだ。
それからというもの、世界中での主なエンターテイメント産業はほぼAIによる独占となった。
人々は計算の分野だけでなく、芸術までAIに頼ることになったのである。
「だとしたら、犯人の目的は一体何なんだろうな?」
資料の文字から目を離さずに、しかし頭の中では別のことを男は考えていた。
今年に入ってすぐの頃、ネット上に現れた「ヴィンチ」という娯楽都市。そしてそれを立ち上げたのが、レオナルドを名乗る者。今のところ、そいつが人間なのかAIなのかは分かっていない。表向きはよくあるバーチャル上の遊園地とかの娯楽施設を変わりはない。中にある各種娯楽も特に問題は無いと聞く。
問題なのは、そこに行った人間の方だ。
『帰還困難者』
本来、この物理世界とネット上の仮想世界を行き来して人は生活をしているわけだが、時にネット上から帰ってこれなくなる案件が発生することがある。
原因としては、ネット上でのウイルス感染や、悪意を持った人間が帰れないよう閉じ込めてしまうという内容がほとんどだ。
「犯人の目的かあ。特に身代金の要求も、政治的な要求も何にも無いですよねえ」
二人の所属する警察の管轄内だけでも今月で既に7人。世界中で見えると1万を超える人間がネット上から帰ってきていない。にも関わらず今のところ事件性が見えてきていない。
帰還困難者たちのログを調査したところ、それらの人々をネット上に縛り付けているのはウイルスでも悪意でもない、本人の意思で帰らないことを選択しているとしか言えない状況だった。
「共通してるのは、被害者全員が一度はヴィンチに行っているということくらい。でも、ヴィンチに行ったことのある人の総数の0.5%ですよ?」
「それでも、被害者の100%である事実は変わらない。やっぱり一度行ってみるしかないか」
男はタバコを机の上に置くと、引き出しからゴーグルを取り出す。
「そうですね。刑事は足で捜査。古典映画で見ました」
趣味の映画知識をさりげなく披露し、後輩も同じ型のゴーグルを身につける。
「まあ、本物の足は使わないんですけどね」
二人は同時にネットダイブ。ネット空間での捜査開始。行き先はあらゆるエンターテイメントがお出迎えする娯楽都市「ヴィンチ」

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