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空想お散歩紀行 復讐の一撃 後編

3日後、署内会議室。
連続狙撃殺人事件の定例報告の場に島津と織田の二人はいた。
「では、捜査の結果何か他に分かったことはあるか?」
進行役の刑事がその場にいる者たちに発言を促す。
立ち上がったのは彼ら二人だった。
「被害者岡野カスミに関する新たな情報と犯人の目的についての推察です」
その場の空気が一段上に引き締まる。何しろ今まで誰も犯人の目的が分からなかったのだ。それが分かれば逮捕にぐっと近づく。
「それは何だね?」
「はい、今回の被害者岡野カスミの友人からの情報です」
「それは、害者が殺された時に目の前にいたっていう友達か?」
質問を挟んだのはベテラン刑事の近藤だった。
「違います。その人物とは別の人です」
「続けてくれ」
「はい、その友人の話によると、岡野カスミは・・・」
そこで織田は一拍呼吸を置いてから次の言葉を紡いだ。
「イジメを受けていたようです」
室内に少しざわめきが起こる。それは意外な言葉だったからだ。そして同時に疑問の表れでもある。その疑問を最初に口にしたのは近藤だった。
「で?仮に害者が学校で虐められていたとしてだ、それと事件と何の関係がある?」
当然の質問を受け、織田はすぐに答えを返す。まさにそこがこの話の本質だった。
「今回の事件、岡野カスミが殺された時に目の前にいたのが、そのイジメをしていたグループのリーダー格だった女子生徒だったそうです」
今度は先ほどよりも大きなざわめきが起こる。それは明らかな動揺のそれだった。
「岡野カスミは、イジメの主犯格と放課後いっしょにいた所を殺された。確かに妙な感じはするが、まだ分からねえな」
ここで、島津が織田に代わって話を続けた。
「俺もそこに妙な引っ掛かりを感じました。そこで他の被害者、高井のこを調べ直しました」
普段ぶっきらぼうな島津も近藤に対しては敬語で話す。
「彼の個人PCに日記が残されていました。そこに書かれていたのは、仕事に対する恨みでした」
「高井は実績を出してるバリバリのビジネスマンじゃなかったか?」
「そうです。でもそれは表向き。彼の日記には、周りが見ているのは自分の能力や数字だけ。だれも本当の自分のことなんて見向きもしていない。自分という人間なんて誰も求められていない。ただ仕事をする自分という名前の機械がいればいいと皆思っていると、かなり思いつめていたみたいです」
淡々と報告する島津の言葉を皆ただ黙って聞いていた。
「そして、日記の最後には必ずと言っていいほど、こんなロボットのような人生に意味はあるのか?と綴られていました」
「イジメを受けていた女子高生に、仕事に思い詰めていたビジネスマン・・・まさか」
近藤が何かに気付いた。この二人の共通点に。そしてそれは島津の答えと一致していた。
「はい。まだ二人だけですが、今回の事件の被害者に共通する点、それは、自殺志願者だったのではないかと」
部屋の中が今度は静まり返った。
織田がそこに言葉を挟む。
「私たちは犯人が殺す理由ばかりに着目していました。でも被害者が殺される理由にこそ真実があったんです」
「彼らは死にたがっていた。だがそのまま死にたくはなかった。自分の中にある想いを知らしめてから死にたかった」
「それが自分をイジメた相手の目の前で死ぬってことだったってわけか・・・」
近藤が軽くため息を吐きながら頭を掻いた。
「高井の方もプライベートの日記があります。あれを見た遺族が何か起こしたら、世間は注目するでしょうね」
あくまでここまでは推論に過ぎない。だが何とも言えない説得力がこの話にはあった。
「だとすると今回の犯人は・・・」
「自殺したい人間から依頼を受けて行動している、嘱託殺人というわけです。岡野も高井も、被害者であり、同時に自分の命と引き換えに最後の一撃を世に残した復讐者だったわけです」
最後に織田が
「他の被害者も調べ直せば、同じような傾向が見つかるはずです」
と付け加えて二人の報告は終わった。
今まで何の糸口も見えなかったこの事件に差したわずかな光。今度はそこから話が広がり始める。部屋の中の刑事たちが全員それぞれの考えや意見を口にしだした。
「確かにそれだったら犯人の足取りが掴めないのも分かる。あらかじめ標的のいる場所と時間が分かっているのなら計画が立てやすい」
「だとして、被害者はどうやって犯人に依頼を出したんだ?いつのどこにいるから殺してくださいって」
「被害者の携帯やPCは調べたがそういったものは見つかっていない。もう一度調べなおす必要があるな」
「いや、もっと違う方法で連絡している可能性もある、犯人は殺しのプロだ。簡単に足は見せないだろう」
「犯人はプロでも、被害者は素人だ。ここで殺してほしいと思っても、狙撃不可の場合犯人側がアドバイスしている可能性が高い。何回かやりとりしているはずだ」
「犯人が嘱託殺人をしているのだとすれば、その見返りは何だ?これで犯人は何を得ることができる?金か?」
「ビジネスマンはともかく、女子高生がそんなに金を持ってるとは思えないが・・・」
白熱する議論。状況だけ見れば、まだ実際に犯人には一歩も近づけてはいない。しかしきっかけは掴めた。「絶対捕まえましょうね。先輩」
「たりめーだ」
島津と織田の二人も改めて決意を新たにするのだった。

西日が差し込む部屋の中。日が少しずつビル群の谷間に沈み、暗くなっていく部屋の中で灯りも付けずに、その男は祈っていた。
「ああ、神よ。感謝致します。今日も私に償いのチャンスを与えて頂いて」
誰もいないはずのその部屋で、しかしその男だけには目の前に何かがいるように語り続けていた。
「殺し屋として、数々の人をこの手に掛けました。しかしあなたに出会い、私の目は覚めました。今まで死にたくない者の命を奪ってきた私が、同じその手で、今度は死にたい者の願いを叶えています。これはあなたが与えて下さった奇跡です。私は人を救っているのです」
男の声には歓びの色がはっきりと現れ出ていた。彼は本気で救いを与えていると信じている。
「人とは不思議なものです。この前の少女がそうでした。普通ならば自分が憎い相手を殺して欲しいと願いそうなものですが、彼女が願ったのは自分の死でした。だがそんな人をもあなたは見捨てることなく救いの手を差し伸べる」
そのまま男は黙って、ただ祈りを捧げていた。日はすっかり沈み、部屋の中は真っ暗になっている。それでも男は何も気にしてはいなかった。そして静かに立ち上がる。
「それでは行ってまいります。今夜もまた一人の悩める者を救ってまいります」
そう言うと、男は音も無く歩き、そして音も無く部屋を出ていった。

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