空想お散歩紀行 魔王軍の世界征服推進会議現代Ver
ガヤガヤと雑談の声が聞こえる室内。その部屋の前正面にはホワイトボード。そして長机と椅子がいくつも規則的に並べられている。いわゆる会議室と呼べる場所。しかし少し違うのは、そこが魔王城の中の一室ということ。だからか、壁や天井は禍々しい色をしており、机や椅子も何か生物的な不気味さを感じさせる。
そして現在その部屋にいるのは、ゴブリンやオークと言った魔物たちだが、彼らは下級の戦士ではない。それぞれが自分の部隊を持つ、ある程度責任もある立場の者たちだった。
参加者予定者が一通り揃ったところで、一人の魔物がホワイトボードの前に立った。
「皆さま、本日はお忙しいところお集まり頂きありがとうございます」
丁寧に挨拶をするのは、見た目は人間とさほど変わらないが、背中にはコウモリのような羽と、先が矢尻のようにとがった細い尻尾を持つ悪魔族の女性だ。
「今回、この研修の司会をさせて頂きます、サキュバスのリーナと申します」
サキュバスと言えば淫魔として有名だが、彼女は色気というよりも、知的さの方が勝っているように見える。
「今回の研修の目的は、我ら魔王様の今後の世界征服についてです。まずはお手元の資料をご覧ください。始めに各魔王の現在の勢力分析ですが―――」
魔王と言っても、一人ではない。この世界で自らの力を誇示し、世の中を統べる意思のある魔族は皆、魔王を名乗ってそれぞれの組織を作っている。そして人間たちの支配を目論むと同時に他の魔王たちにも対応しなければならない。常に多方面作戦を強いられているのだ。
「我らがザギルス軍は現在、勢力的に4番手といったところです。しかし我らから見て上位も下位も、純粋な力の差はそれほど無いと思っています。つまり、ちょっとしたことで上にも昇れるし、下にも堕ちるということです」
リーナが淡々とデータに基づいた状況分析を説明する。それを聞いている者たちも皆真剣に資料に目を通している。
「よってここからは我ら、ザギルス様臣下がそれぞれさらに力を付けることはもとより、もっと行動そのものを見直す時が来ていると考えます」
「と言うと、今までのやり方には問題があるということか?」
参加者の魔物の一人が、リーナに質問する。「基本は今まで通りです。人間どもの住む町や村を襲い、破壊と略奪、我らの恐ろしさを思い知らせ恐怖で支配する。それに変わりはありません」
「では、どこを変えると?」
「最近は魔王を名乗る者も増えたこともあって、中にはいち早く名を上げようと過激な行動に出る者も少なくありません。確かに昔と違い、そのような行動はすぐに世界全土に広がります」
人間と魔族の戦いが続くに連れて、多くの魔法や技術が発達した。その中でも目覚ましいのが通信である。魔法による遠隔地同士を結ぶ情報魔法は、人間と魔族双方の戦略から一般人の生活に至るまで大きく変えていった。
「過激な行動を取れば手っ取り早く名を広めることもできます。しかし、それはいらぬ注目すら集めてしまうことでもあります。少し前にそれで滅ぼされた魔王がいたことも皆さん記憶に新しいかと」
そこにいた全ての者たちが思い出していた。最近名乗りを上げた新米魔王。まだ勢力も大きくないうちから人間に対して好戦的な態度を取り、いくつもの町を襲い焼き払った。さらには自分たち以外の魔王勢力に対しても挑発的な行動を取っていた。
結局、勢いはあったのだが、その無駄にでかすぎる行動力が裏目に出て、人間側の大国に早々に討伐隊を出されてしまい、さらには周辺の魔王勢力からも何も手助けもされずにそのまま消えていくことになった。
「なので、今の我らに必要なのは単純に力による侵攻ではなく、より情報戦略を意識した戦いなのです!」
つい熱の入ったリーナの言葉に少し戸惑う参加魔物たち。
「で、具体的に何をどうすると?」
「それをこれから皆さんと話し合っていこうと思います。まず皆さんに意識してほしいのは、既に時代は変わっているということです。我々に求められているのは魔族としての矜持!誇りです!」
「あまりピンと来ねえな」
「我々は単なる破壊者ではない、ということです。それを踏まえて行動することです。例えば、飛竜に乗って移動する際、他の魔王軍勢を見かけたからと言って、煽り飛竜をやらない、とか」
「ああ、確かに若い連中は時々やってるな」
「そういう小さな積み重ねが後々効いてくるのです」
「でもよお、向こうからやられたらどうすんだ?」
参加者のサイクロプスが当然の疑問をぶつけた。
「関わらないでください。決して向こうの挑発に乗らないようにしてください」
「だけど、この稼業舐められたら終いなとこもあるんじゃねえのか?」
魔族としての矜持と言うのであれば、恐怖を常にばら撒くことも間違いなく矜持だ。
「確かに仰りたいことは分かります。しかし先ほども言ったように、時代は変わったのです。ではこうしてください。直接的にやり返すのではなく、煽り飛竜をやられたら、その様子を記憶蟲に記録させて、あとで全世界に晒しましょう。正義は我にありです!」
「魔族が正義とか言ったぞ・・・」
ちょっと自分の発言にばつの悪そうなリーナな一度気を引き締める。
「とにかく、これからの我々に必要なのは『節度ある世界征服』です」
リーナがでかでかとホワイトボードにその字を書く。
「例えば、人間の町や城を襲う際、あくまで戦う意思のある者だけと戦う。無抵抗の女子供とかには手を出さない。食料を奪うにしても、2ヵ月くらいは残しておいてやるとかです」
「なんだかめんどくせえな。いっそのこと、根こそぎ全部ぶっ壊してよ。それを他の魔王の仕業ってことにしてやればいいんじゃね?」
「確かに、成功すれば効果は大きいでしょう。しかし同時にリスクも大きい。当然濡れ衣を着せられた方は反論してくるでしょう。工作がバレた時はより大きな反撃を食らう可能性も高いです」
「最悪、勇者クラスの人間が来られたらたまったもんじゃねえしな」
「まったく、面倒な時代になったもんじゃわい。昔はこんな細かいこと気にせんでもよかったんじゃがのう」
「そうかもしんないけど、昔は昔でアレだろ。人間の勇者なんか、人ん家入って勝手にタンスやら何やら開けて物かっぱらっても良いらしかったじゃん?今さすがにそんなことやったら勇者でも一発アウトでしょ」
「少し話が横道にずれてますよ皆さん」
リーナが司会者としてしっかりと軌道修正する。
「あくまで我らの目的は世界の支配です。全ての破壊ではありません。なので理想を言えば、人間をこちら側につけることができればと考えます」
意外な提案に室内がざわつく。
「人間たちに、我らに付いたほうがマシと思わせるのです。支配はされるがデメリットばかりではないと、考える余地を与えるのです。そのためには人間たちにも、魔族リテラシーを養ってもらう策を講じるべきかと」
「なんだか複雑な方向になってきたなあ」
その後も、彼らの会議は続いた。3時間程経った頃だろうか、本日のところは結論を出すのは一旦保留ということになり、後日また招集をかけることに決まった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?