空想お散歩紀行 時間取引 その五
「すげーッ!!」
その日、大学の教室で一人の男の周りに人だかりができていた。
人だかりが覗き込んでいるのは彼の持っているスマホの画面。
そこに誰もが知っている世界的有名アーティストの名前が載っていた。
それは時間取引の履歴画面だった。
1時間を1万円で買った履歴が載っている。
世界中のほとんどの人間が公的な個人のナンバーを持っていて、それに紐づけられて時間取引の履歴が保存される。
つまり彼の時間取引履歴にあるそのアーティストは間違いなく本物である証拠なのだ。
ここで重要なのは、同じ1時間でも一般人から買うのと有名人から買うのでは意味がまるっきり変わってくるということだ。
ただ有名人が自分の時間を売りに出すことはままある。しかし、その場合は何かしら理由があるのが大半だ。
例えば、最近海外で大きな災害が起こり、多くの人が被害にあった。
その時多くの有名人が自分の時間を売り始めた。
とあるタレントは1時間10万円で100時間分を売りに出し、完売させた。
このようにチャリティー目的や、もしくは自分がやりたいことに対するクラウドファンディングとして利用することは珍しいことではない。
だが、今回大学生の彼が手に入れた時間は違う。
その世界的に有名なアーティストが、ほんの気まぐれで自分の時間を1時間1万円で何の告知も無しに売りに出したのだ。
彼はその瞬間にたまたまその場に居合わせ、買うことができた。しかも本人からのお礼のメッセージ付き。
価値が無いわけがない。
しかしここでの価値は金銭的な価値という意味ではない。
なぜなら、時間を売り買いはできるが、取引履歴は売買の対象にはならない。
大学生の彼の個人ナンバー内の取引履歴を他の人に譲渡させるような真似はできない。
精々その履歴を他人に自慢するといったような個人の気持ちが満足するという領域を出るようなことはない。
それでもそれなりの割合の人が、時間取引の内容よりも取引そのものに価値を見出しているのは確かだ。
よりプレミア価値のある取引をしたいと思っている。
彼はしばらくの間はこの話題だけで周りから賞賛を浴びれるだろうからか、ものすごく上機嫌だ。
これもまた時間取引の見せる面の一つなのである。
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