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空想お散歩紀行 光の無い世界の色

多くの人々が行き交う駅前。
サラリーマン、高校生、子供に老人。
皆、それぞれの目的地に向かって、それぞれのスピードで進んでいる。
しかしこの世界は異端だった。
もし異世界からこの世界に来た者は、その環境に絶望したかもしれない。
なぜなら、この世界には光りが一切無かったからだ。
伝説によると、この世界の祖先は別の世界から逃げてきたと言われている。
どんなに離れていても、千里を超える距離があっても見つけられてしまう目を持った化物から逃れるため、光の無い世界へと渡ってきた魔法使いの集団。それがこの世界の始祖とのこと。
では、光が無く、何も見えないこの世界で人々がどのように生きてきたかというと、その魔法使いの祖先たちが編み出し、子孫代々の遺伝子に刻まれた魔法の力によるものである。
視覚が使えないぶん、この世界の人々は聴覚と嗅覚、触覚等によって周りの環境を把握している。
人々はそれぞれに固有音と呼ばれる指紋のように個人で違う音を持っていて、常にそれを自分の周りに発している。
そして周りの物に反射した固有音を捉えることで自分の周囲の位置や大きさ、形を知るのだ。
普通の人間で半径30メートル程の聴界と呼ばれるものを持っている。この聴界の範囲が広ければ広いほど、優秀な魔力資質があるとみなされている。
ここにいる女子高生、響子もどこにでもいる普通の人間だった。昨日までは。
聴界も普通。食べることが大好きなので、食べ物に対する嗅覚は人より優れているが、それも自称。
だけど、今日の彼女は明らかに昨日の彼女とは違った。
「何なのよこれ?」
普段と変わらない日常のはずだった。いや、自分の聴界に映る景色はいつもと同じ。道行くいろいろな大勢の人がいる。男も女も、自分より年上も年下もいる。
でも、いつもと違う不純物が今の自分には捉えられていた。
いつもだったら、真っ黒な空間に人や建物の白い線が入り混じった景色だったはず。
ただ、黒とか白とか、彼女たちこの世界の人間は認識していない。
目の見える世界の人間が空気の色を考えることがないように。彼女たちは色というものを認識しない。
聴界が捉えるのは、あくまで何もない所と何かある所だ。
響子が認識するようになったのは、その色だった。
「何だろう?人の所に何かある・・・」
携帯ごしに大声を出しているサラリーマンがいる。どうやら怒っていることは分かる。でもそのサラリーマンといっしょに得体の知れない線が重なっているのだ。
それが赤色だということを彼女は知る由もない。
他にも、様々で異様な線が人々に混ざっているのを感じた。赤、青、緑、黄。もちろんそのどれも彼女は上手く言葉で説明はできない。
人それぞれに固有なのかと思ったら、いつのまにか別のものに変わっていたりする。
突然のこの事象にただただ混乱と恐怖を覚えた彼女だったが、その後数日掛けて、どうやらこの人に重なっている異物はその人の感情や心の内を表しているということに気付いた。
色を聴くことができるようになった女子高生、響子。この能力が後に大きな事件に巻き込まれる引き金になることを、この時の彼女はまだ知らない。

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