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空想お散歩紀行 ドッグトレーナーの苦悩

古くから人の相棒として、傍らに存在し続けてきた動物、犬。
現在はペットとして家族の一員のように扱われることが多いが、今でも人間の仕事を支える犬も多くいる。
警察犬、盲導犬、麻薬探知犬など、様々な仕事をこなす犬たちがいる。
しかし、そんな犬たちも最初からそれぞれの仕事ができるわけではない。
犬たちに仕事を覚えさせ、訓練させる必要がある。
それをするのがトレーナーと呼ばれる者たちだ。
彼らは一匹一匹の犬たちの性格を知り、適した対応をしなければいけない。言葉が通じない分、心のやり取りが重要だ。それは人間相手のコミュニケーションより遥かに高度な技術が要求されるかもしれない。
しかしそれはあくまで一般的なドッグトレーナーである。
普通の人々が知る、『表向き』の仕事をする犬たちとは別に、特別な犬を訓練するトレーナーもまた存在していた。
「おい!早くしやがれ!」
部屋に大声が響き渡る。
「ったく、ちんたらしてんじゃねえぞ」
声の質だけで明らかにイラついているのが分かる。
「まだ待たせる気か!?ノロマめ!」
止まることない怒声に応えるように、部屋の奥から一人の男が姿を現した。
「へーい、へいへい」
気の無い返事を返す男の手には皿が一枚あった。
男はその皿をそっと床に置く。
「ったく待たせるじゃねえっての」
先程からの怒声の主は、床に置かれた皿に向かって迷うことなく顔を突っ込み、そこに盛られていた食べ物にがっつきだした。
「いただきますくらい言えっての」
男の言葉に対して返事はない。食事に夢中のようだ。
男は呆れたように小さくため息をつくと、足元にいる、その一匹のチワワを見つめた。
エサを一心不乱に貪っていたチワワだが、ふとその口を止め、男の方を見上げる。
「あまり贅沢を言う気はねえけどよ。毎日同じメニューってのは感心しねえな」
「犬ってのはだいたい毎日同じメニューだ」
男は頭を掻いてただ呆れるばかりだ。
「頭がいいから人間の言葉をすぐ覚えさせることができたけど、意思疎通ができるってのも考えものだな。すっかり人間くさくなっちまって」
男はしゃがんで、今なおエサにしか目が行っていないチワワに声をかける。
「いいか。お前は忍犬なんだからな。そのあたりの自覚をそろそろ持って頂きたいんですがね」
この現代の世でも、光の裏には闇がある。普通の人々の目には映らないその暗部を駆ける者たちがいる。それが忍。
忍者とも言われる彼らは今なお存在し、様々な仕事をしている。そして彼らが仕事の相棒としているのが忍犬である。
男はそんな忍犬を育てるトレーナーだった。
すぐに実戦に投入できるよう、身体能力はもちろん、人間の言葉を理解する訓練もする。
今回彼が訓練しているチワワは特別頭が良かったので、人間の言葉を理解するどころか自身も人間の言葉を使うところまでいった。
だが性格に難があったのか、やたらと攻撃的で忍の者特有の空気と同化するような静かな雰囲気など今のところ皆無である。見た目はチワワなのに。
「そうだ」
一通りエサを食べ終えたチワワが思い出したかのように顔を上げた。
「おい、アレ教えろよ。火遁の術。アレやってみてえ」
忍犬として忍術を使えるようにするのも、トレーナーの役割である。しかし、
「ダメだって前から言ってるだろ。忍犬は直接戦闘はほとんどしない。あくまで主人のサポートが主な仕事だ。攻撃系の術よりも、変わり身や変化の術を完璧にこなせるようになるのが先だ」
男の言葉に明らかに不満顔をするチワワ。
「大体な。術どうこう以前にお前の貰い手が現れるのかどうかの方が俺は心配だよ」
「どういうことだ?」
「忍犬はな。柴犬とか秋田犬とか土佐犬とか、こう、いかにも日本って感じの犬が好まれるんだよ。お前チワワだろ、チワワ」
先程の不満顔にさらに不満の皺が刻まれる。
「チワワが忍犬になって何がいけねえんだよ。今は多様性の時代だろ。古い考えはアップデートしろよな」
「どこで覚えたそんな言葉」
その後も悪態の付き合いを一通りしたあとに、一人と一匹は訓練場へと赴いた。これがいつもの日常である。
トレーナー。それはいつの時代も変わらない、人と動物の付き合いを影ながら支える縁の下の力持ちである。
「おい!今日の訓練が終わったらアレ食べさせろ、チュールってやつ食ってみたい」
「あれは猫のだ」
「犬のもある!」
「そうなの?」

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