空想お散歩紀行 命巡る水の物語、その序章
一隻の船が進んで行く。風を帆に受け悠々と。
だがその船が進む足元に水は無い。
あるのは、延々と続く砂である。
ここは砂の海、砂海が広がる世界。太陽の光りを受けて、黄金色に輝く砂が場所ごとに異なる流砂となって世界中を周っている。
船はその流砂に乗って移動するための手段であり、人々は砂と共に生きている。
砂海の中は強烈な流砂だけでなく、その中で生きている生物もおり、中には狂暴なやつもいるため砂海を渡る者には、流砂を読む目やいざという時は怪物と戦う力も求められる。
そしてこの船は商船だった。世界中にある、その土地では当たり前の物を安く買い、それが当たり前でない土地で高く売る。
一人の男が船の甲板でそろばんを弾いてにやけていた。
「今度の商売はどれだけ上げられるかなーっと」
男はこの船の主である商人で、まだ20代という若者であった。
まだ儲けが出る前からそれを考える。いわゆる捕らぬ狸の皮算用だが、それを分かっていて男は楽しんでいた。一種の趣味だ。
男が今求めている物はかつてないほどの儲けの匂いがしていた。
「どれくらいの値をつけられるかな、長命の水は」
雨も少なく、砂の海で覆われたこの世界で、水はどこに行っても貴重品だった。
どれだけの水を持っているかで、貴族や王族の力が決まると言っても過言ではない。
例えば水浴びなど、力ある者ができる最高の娯楽だった。
商人の男は水を専門に扱う、水商人と呼ばれる類の人間だ。
そんな彼が今回得た情報。それは、地から湧き出る不思議な水の話だった。
湧き水というだけでも貴重な資源だが、それは温かい湯とのこと。
地面から湧き出るその湯には不思議な力が宿っており、人を元気にさせるという。
しかしそれはあくまでおとぎ話の類で、湯だったら普通に水を沸かせばいい。それなら最初から水の方がいろいろと使い勝手がいいということで、この湧き湯は他の水商人にとって優先度は低かった。
しかし、この男だけはそこに金脈に匂いを感じたのだった。
「金と権力を手にしたやつらが次に望むのは、少しでもそれを長く持ち続けることだからな。不老不死とまではいかなくても、この世に生き汚く留まろうとするやつはごまんといる」
優れた商人の条件は、物の価値を見出す以上に人の心の流れを読む力が長けていることだ。それがあれば、ゴミでも高く売れる。
「あとは、長生きできるという伝説をどこまで信じ込ませるかだな。湧き湯だとイマイチ語呂が良くないから、温かい泉で、温泉とでも呼ぶか。泉の方が何か神秘的な感じがする」
彼の計算は、あくまでどれだけ効率よく売るかのためでしかなかったが、この後、温泉が予想以上に大ヒットし、王族貴族の間でもてはやされ、ある所では民心を掴むために大衆浴場が作られたり、ある所では温泉が湧きだす地を巡って戦争が起きたりと、世界中の歴史が動き出す。
だが今の彼の想像は、自分のそろばんの外以上には広がってはいかないのであった。
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