空想お散歩紀行 黒の帳のその向こう
この国には夜しかなかった。
かつては逆に昼しかなかった。一日中沈まない太陽が国を照らし続けた。
そこでこの国の魔法使いが巨大な布を作り出し、それで国全体の空を覆うことで夜を作った。一日の半分をその布を使うことで、この国は昼夜を手に入れた。
しかしある時、その魔法使いが不慮の事故で死んでしまう。その時は夜だった。
それからというもの、誰も布を取り払う術を知らぬまま150年以上の月日が流れた。今や国の中に昼を知っている者はいない。それでも人々はその中で生きてきた。
「だから回りくどいんだよ」
ランプの灯りが煌々と灯る酒場で二人の男女が食事をしながら話している。
「俺がこの日のために何で剣の腕を磨いてきたと思ってんだ?」
勢いよく食べるのと喋るのを同時にこなしながら青年の方は少女に質問する。
「誰よりも強くなるとかそんなんでしょ。あんたの頭の程度からすると」
青年の方とは対照的に少女は静かに食事を口に運びながら淡々と答えた。
「確かにそれもあるが。一番の目的はあの天蓋をぶった斬ることだな。そうすりゃそれが一番手っ取り早いだろ」
「アタシ、あんたの頭の程度を過大評価してたみたいだわ」
この二人は共に旅をしてきた仲間だ。青年は剣士で、少女は符術を使う魔法使いだ。
二人がこの国の王都に来た理由、それは、
「だから王様に言ってやるんだよ。俺があのデカ布を斬って見せますって」
「やめて。笑い者になって、最悪追い出されるかもしれないから」
「でも、10年ぶりだぜ。前回はまだガキだったから参加できなかったけど。今回やっと夢が叶うかもしれないんだ。できることはやるべきだろ」
この国が夜に覆われてから150年以上。その間何も手をこまねいていたわけではない。
あの空の布を再び制御できるよう様々な手が講じられてきた。しかしそのどれも失敗に終わっている。
その一つが調査団の派遣だ。この国から旅に出て解決策を探すというものだ。過去は2年に一回くらいの割合で派遣団が出されていたが、今回は10年ぶりとなる。なぜ今まで中止されていたのかは秘密に包まれていた。
二人は今回の調査団に参加する目的でこの王都にやってきたのだ。
「お前だって、あのデカ布ぶっ壊したいだろ?」
「アタシの目的は太陽の調査よ。天蓋のことはそのための通過点でしかないわ。て言うかこの説明何回すればいいのよ」
少女は軽い苛立ちが声に現れる。何度説明しても目の前の男は太陽に関しては無関心なのだ。
「結局壊すことには変りないじゃん」
「壊すのは最終手段でしょ。調査団の目的はあくまで制御方法の発見。壊すにしたって、たぶん新しい天蓋の作り方を確立してからでしょうね」
「え?何で?」
純粋に疑問を投げかけてくる相棒に少女は軽くため息をつく。
「文献によると、太陽ってのはとてつもない光と熱の力を持っているって言うわ。こんなランプとか、炎魔法とかとは比べものにならないくらいね」
少女はテーブルの上にあるランプをつつきながら話を続ける。
「もう150年以上太陽のない生き方をしてんのよ、この国は。そこにいきなり太陽を出してごらんなさい。何が起きるか分かったもんじゃないわ」
「太陽ってやつの光を浴びたら死ぬの?」
「それはないでしょ。昔は普通に生活できてたんだから、でもその昔の普通にいきなり戻れるかっていうと何の保証もないわね。だから今の天蓋に代わる新しい天蓋も必要になってくるかもしれないって話よ」
「俺はデカ布を制御するより、そっちのほうがいいな。そうなりゃアレを斬れる可能性が出てくるわけだ」
「・・・結局そうなるのよね。あんたは」
何だか今までの説明が無駄になったような気がして少女はやたらと疲れを感じた。
~~~~~~
勘定を終えて店の外に出る二人。
「調査団の試験まで、あとどれくらい?」
「3時間後ね」
「よーし、じゃあもう行こうぜ」
「え?もう!?」
意気揚々と調査団試験会場である王城の方へ向かって歩く相棒の背を見ながら少女はその場に立ち止まっていた。
10年謎の理由で中止されていた調査団の再開。単なる気まぐれか、それとも再開せざるを得ない理由ができたのか。どちらにしてもあまり気持ちのいい話にはならないような気がして不安の気持ちが消えることは無い。
少女は空を見上げる。そこには産まれた時から変わらない、ただただ黒一色の空があった。あの一面の黒を本気で斬る気でいる相棒の能天気さに緊張がほぐれるのを感じた。
あまり先のことを考えても仕方ないと軽く笑みを浮かべながら相棒の背を追った。
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