「心臓震盪」を国民マストの知識に。
「知ってるか、知らないか」は、時に命に直結します。「海岸沿いで地震が起きたら火を消して、高台に避難すべし」「どんなにお腹が空いてもフグを自分で料理して食べない」「ホントに死ぬことがあるので男性の股間を蹴っちゃいけない」などの集合知が共有されることで、命のリスクを下げることができます。
まずは「共有されて欲しい集合知」について述べたいと思います。心臓震盪(しんぞうしんとう)という言葉と概念をご存じでしょうか? 「脳震盪(のうしんとう)なら聞いたことがあるけど……」という方が多いかと思います。
もともと心臓には異常がないのに「子どものカラテで打撃が胸に当たった」「少年野球でボールが胸部に激突した」「兄弟げんかで肘が胸部に入った」など主に未成年の胸部やその周囲にボールや拳、肘、膝などがぶつかり、物理的衝撃が心臓に伝わって致死的不整脈を起こす、非常に怖しい病態です。
私たちの心臓は胸骨、肋骨等からなる胸郭(きょうかく)と呼ばれる「鳥かご」のような構造で守られていますが、全ての骨が完全に出来上がる時期はだいたい20歳頃です。ですから、まだ骨が完全にできていない未成年の場合、外力による心臓への衝撃をブロックしきれません。
心臓震盪に関する動物実験の結果、「衝撃の強さ」よりも「タイミングで起きる」可能性が指摘されていますので、物理的衝撃を心臓に受けながら予防する、というのは実質不可能であります。
これらの医学的背景から「主に未成年の心臓への外力は命の危険がある」と結論づけられます。(主に)としたのは、成人での発症例も報告されているからです。基本的に命の源である心臓への衝撃が身体に良いはずがない、ということですね。
もし心臓震盪という言葉や病態を知らなければ……。「ボールを胸で受ける野球少年」「サッカーボールを胸で止めるジュニア選手」「パンチ、キックを胸に浴びせあう空手キッズ」を見た時に、それらの行為を「危険である」と認識するでしょうか?
心臓震盪の危険から子供たちの命を守るには、スポーツにおけるルールの変更、システムの改善、禁止事項の見直しなどの各論もありますが、まず何よりも「未成年の胸部への外力は危険である」の医科学的常識が広く共有されなければ、さらにいえば「怖さ」が伝わらなければ、予防への行動がスタートしません。起きてしまった心臓震盪には即時のAEDが有効な手段ではありますが、使えば必ず助かるというものではない以上、やはり「予防にまさる治療なし」ということになります。
先に「ある知識は何かの行動の結果である」と述べましたが、「ほとんどの知識は他の誰かの行動の結果である」とも言えるでしょう。そして、しばしば「行動」は「犠牲」に置き換えられてしまいます。
命や健康に大きく関わることは「知ってる人だけ知っている」では十分ではありません。「国民マストの集合知」として一刻も早く、属性を超えて共有されて欲しいものです。ですので、今一度「主に未成年の心臓への外力は命の危険がある」を強調しておきます。
(『強さの磨き方』第3章 命と集合知より)
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これは拙書『強さの磨き方』の本文そのままです。
僕が本書を書いた理由のひとつに「知ってるだけで救われる命があることを知ってほしい」というのがあります。
スポーツはじめ肉体を駆使して技術を身に着けるジャンルでは、「専門家だけ知ってる」とか、「指導者だけが知ってる」では不十分な命に関わるリスクがたくさんあります。しかし残念ながら(不本意ながら)それらの「明らかに有意義な情報がなかなか浸透していかない」という壁にもぶち当たってきました。
今回、一般書という外海に出る機会をいただいた僕は、この情報は一刻も早く国民マストの常識になるべきだ、と考え、この項目を本書に収録しました。「リスクを見ない」ではなく、「リスクに対応する方角に」風が向かったらいいな、と願って。
この記事を公開するきっかけは、2023のお正月1/3にアメリカで起きたNFLでの事故でした。
「試合中の接触後に心肺停止状態 アメフトNFLの試合で24歳の選手が予断を許さない状態に」
このような怖ろしい見出しがついています。
胸郭もしっかり出来上がり、みっちり鍛え上げた大人のアメフト選手が、意識消失、心肺停止。すぐに救命救急措置を受け、病院に救急搬送されました。
大人でも起きうる、心臓震盪。
この認識をもって、命を守るとはどういうことか?強くなるとはどういうことか?内省してみたいと思います。不幸にして心臓震盪が起きてしまった選手の回復を心からお祈りすると共に、どんなに激しいスポーツであっても、「脳、心臓、内臓、急所は最優先で守る」そういった新しい(そして最も古くもある)常識が、当たり前のように共有されますように。
このような命や健康に直接的に関わる情報については、無料で共有すべきと考えておりますので、本日ここに公開させていただきました。
命あっての強さの追求。これからも、その原理原則だけは変わらないでしょう。
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