2‐3 道具は身体の一部である
今度は道具を使って、運動イメージを変えてみましょう。
「右の手のひらを上にして、握った左手を上から落としてポンと手を打つ」
この運動は、基本そのままで、スタートの点(左手があるところ)をX、ゴールの点(右の手のひら)をYとします。次のA、Bどちらのパターンでも左手を実際に動かすのはXからYまで、とします。
A:XからYまで動かす運動イメージで動かす。
B:30センチほどのハンガー(棒などでもOK)をもって、ハンガーの先をX’、振り下ろしたときのハンガーの先をY’、とし、X’からY’、まで振り下ろす。これを数回行ったあとにハンガー無しで、X’からY’、まで振り下ろす運動イメージのまま、XからYまで動かす。
Bは最終的にはハンガーをもっていないだけで、ハンガーをもって動いたときの運動の記憶を再現しています。
人間は道具を使うと、その道具を含めた領域全てを脳に記憶しようとします。何かを持って動かせば、その感触、筋肉や腱の張力、関節や靭帯にかかる負荷などの情報がリアルタイムで脳に送られ、道具の影響を受けた運動になります。この場合のハンガーの先X'、は身体の延長として動いているということになります。
このように「道具を身体の一部のように認識する現象」は至るところでみられます。
外科医が手術でつかうメスやピンセットの先端は外科医の身体の先端であり、料理人がもつ包丁の先端も、脳は身体の先端として認識します。
ジャズ奏者がトランペットを演奏するとき、脳はトランペットを含めて重心をとろうとします。
車の運転中、ガード下をくぐるときに思わず頭を下げることがありますが、これも車全体を「自分」として認識しているからです。
逆パターンとしては、爪を切ったり、唾を吐いたり、排泄したりすると、ついさっきまで自分の一部だったことを忘れてしまいます。積極的に嫌悪する場合さえあるでしょう。これも脳が自分から切り離して認識したからです。
道具と脳の関係に関して、示唆的な研究があります。理化学研究所の入來篤史チームリーダーらは、ニホンザルに熊手を使って自分で食料を取る練習をさせました。
ニホンザルたちは実に優秀でわずか10日で熊手を使えるようになり、20日後に脳のMRI画像を撮影したところ、大脳の頭頂間溝部皮質、上側頭溝部皮質、第2体性感覚野の体積、小脳脚部など、感覚と運動に関連した部位の体積増加がみられました。道具の使用によって脳そのものが物理的にも変化したのです。恐るべし、猿手に熊手のモンキーマジック。
そして一流のアスリートや表現者の道具への向き合い方は、非常に興味深いものがあります。
音楽家の細野晴臣氏は、新しい楽器が出てきたら必ず試して演奏をマスターされるそうですし、
サッカーの王様・ペレは、貧困にあってサッカーボールが買えなかったため果実や小さなボールで練習し、正確無比な技術を身につけたそうです。
世界3大ギタリストのひとり、ジェフ・ベックは唯一無二のギタープレイはもちろん、工具を駆使してクラシック・カーを改造するテクニックも超一流で、オイルまみれの両手の写真がアルバムのジャケットになっているくらいです。
グローブ以外の道具を使わない格闘技のチャンピオンには他競技の経験者が多く、他ジャンルで培った運動能力をファイトスタイルに生かしています。スケボーや乗馬でつくったバランス感覚が寝技の安定につながったり、バスケでつくったリズムがフットワークに反映したり、サッカーでのコントロールが蹴り技のベースになっていたりします。
このように「道具を使ってみる」「道具を変えてみる」「新しい道具を試してみる」というのはパフォーマーの脳に、プラスに作用する可能性があります。「この技をレベルアップするには、どんな道具をどのように使えばいいだろう?」そんな方向性も面白そうですね。
PS 皆さんのパフォーマンス向上に寄与したい。
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