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エッセイ:僕の故郷『酒々井町』

僕は生まれてから大学に入学するまでの間、千葉県の「酒々井」という町で育った。「酒々井」は「しすい」と読む。最近でこそ酒々井町に大型のアウトレットができたから(最近と言っても数年前の話だが)この町の読み方を知っている人も少しはいると思うが、ほとんどの人は初見でその読み方を当てることは難しいだろう。

酒々井町は千葉県のちょうど真ん中、チーバくんで言うところの「みぞおち」の辺りに位置している。これは持論だが、千葉県民は自分の住んでいる場所を「ここら辺」と説明するときに千葉県のマスコットキャラクターの「チーバくん」を使って「チーバくんの〇〇辺り」と表現することが多い。

この表現は千葉県民にとっては非常に分かりやすいのだが、そもそも「チーバくん」を知らない他県民にとっては分かりにくいことこの上ない。だからもっと他の県の人たちにも分かりやすいように伝えると、「成田空港」で有名な成田市の隣に位置する小さな町、と言うのが良いだろう。成田がどこにあるかは知らずとも、成田空港が千葉にあることは皆知っているはずだ。その空港の近隣と捉えてくれればそれで十分だ。

酒々井町は面積が19平方メートルしかない、東京の港区よりも小さな町だ。周りには成田市、佐倉市、富里市といったそこそこ大きな市が隣接しており、地図で見るとまるで小学6年生に囲まれた小学1年生のような構図になっている。明治時代以降、大々的な市町村の合併が相次いだが、その中でも合併を拒み続け、未だ小さな町として生き永らえている。
僕が小学生くらいの頃だったか、近くの市との合併の話が挙がったのだが、住民たちの意見で結局合併を拒否したと記憶している。当時の僕は「他に染まらない町、かっこいい!!」なんて思っていたのを覚えている。

酒々井町がどんな町かといえば、一言で言えば「田舎」だ。成田空港で有名な成田市でさえ、空港と駅前の市街地以外はかなり田舎だから、千葉県の真ん中あたりは大体田舎、と思ってもらって良いだろう。


そんな酒々井だが、やはり何度見てもこの「酒々井」という町名はよく目立つ。もちろん、日本には「長万部(おしゃまんべ)」とか「手登根(てどこん)」などといった、もはや一種の面白味を感じるような地名もあることにはあるのだが、自分の地元であるせいか「酒々井」もそれなりに面白い字面に見える。

そしてこの「酒々井」という町名には由来があると言われている。おそらくこの町で生まれ育った人であれば知っているだろう。小学校の社会科の時間に「酒々井の歴史」みたいな教科書でこの町の名前の由来を学ぶからだ。この町の名前はある一つの物語からついたとされている。

僕が知っている限りの知識で語れば、こうだ。

あるところに老人とその子供が暮らしていた。老人は随分と酒が好きで、その息子は酒好きの父のために毎日一生懸命に働いて酒を買っていた。息子は嬉しそうな父親の顔を見るのが一番の楽しみだったのだ。
だがある日、どうにも酒を買う金が稼げなかった息子は父親の楽しみを無くしてしまうことを気に病みながらとぼとぼ家に帰っていた。その時、近くにあった古い井戸から酒の香りが漂ってきた。不思議に思ってその井戸の水を舐めてみると、それは上質な酒だった。

息子は喜んでその酒を持って父親の元に帰ると、父親はその酒を飲んで感銘を受けた。それ以来、その息子は無理に金を稼いで酒を買わずとも、その井戸から酒を汲んで父親に飲ませることができた。
近隣の住民たちは、きっと親想いの息子の心が天に通じたに違いない、と口々に言った。後にその井戸を「酒の井」と呼ぶようになり、その村は「酒々井」と呼ばれるようになった。

これが、この町に伝わる物語の内容だ。念の為、書いた後に酒々井町の資料を確認してみたのだが、ほとんどこの内容で間違い無かった。

この物語を聞くと「酒々井」というやや特殊な町の名前に、親を思う優しい息子の心が隠れているのだと気付く。親を思って日夜仕事に勤しんだ息子のように、誰かを思いやる心が根付いた町、それが酒々井町なのだ。

…と、酒々井町に媚びを売るのはこれくらいにしておこう。

僕が小学生くらいの時にこの物語を聞いて最初に思ったのは「息子を毎日働かせて酒を買わせるのは、いかがなものか」ということだった。小学生であれば「良い話!」とか「優しい息子さんだな~」という可愛らしい感想を抱いて欲しいものだが、僕は昔からひねくれていたのだ。

さて、この物語では息子が自らの意思で酒好きな親を喜ばせるために毎日頑張って酒を買う金を稼いでいるように描かれている。実際、その息子はとても優しい親思いな人物で、ここに書かれてるように、自らの意思で酒を買って飲ませていたのだろう。

だが、状況だけを客観的に見れば、この息子は毎日汗水流して稼いだお金で酒を買い、それを毎日親に飲ませ続けている。これを現代で表現するなら、毎日朝から晩までコンビニでアルバイトした給料で、毎日缶ビールを買って親に渡している、と言ったところだろうか。子供は思いやりの心でやっているのかもしれないが、酒を買うよりもっと良いお金の使い方があるだろうし、そもそも毎日老人に酒を飲ませること自体どうかと思う。

最初は善意だったとしても、きっと酒を買って帰らなかった日には老人から白い目で見られるだろうし、途中からその行いはほとんど義務と言っても過言ではないものになっていくだろう。そう考えると、この息子が「優しさ」の檻に閉じ込められた不自由な男に見てしまって、僕は今でもなんだか少し悲しい気持ちになる。

昔の物語に難癖をつけること自体ナンセンスだし、自分の町を批判するようなつもりもないので、これくらいにしておこう。とにかく、酒々井町には思いやりの心によって生まれた昔話があり、それが町名の由来になっている、というプラスな情報だけ知っていただければ結構だ。


昔話にケチをつけてしまったので、少し酒々井町のイメージアップにつながる話もしておこう。冒頭で、酒々井町の面積は19平方メートル、東京の港区よりも小さいと言ったが、小さいながらこの町にはパワーがある。

酒々井町には小学校が2つ、中学校が一つ、それから私立の高校が一つある。小さな町の中にこれだけの数の学校があるのは、よく考えてみると凄いことだ。しかもその中の高校は私立ということもあってかなり広く、野球場や大きなグラウンドも備えているくらいだ。その高校の進学クラスはかなり優秀で、毎年有名大学への進学者が絶えない。

学校以外にも様々な施設がある。酒々井町には「ハーブガーデン」なる場所があり、そこでは世界中のハーブが約150種類も栽培されている。天気の良い日ハーブの香りに包まれた小道を歩くのはなかなか良いものだ。小道の中央にある小屋ではハーブ入りの石鹸を作る謎の体験をすることもできる。

その横には町中のゴミを集めて焼却するゴミステーションがあるのだが、これも結構大きい。その施設の中にはゴミを燃やした時の熱で沸かしたお風呂があって、僕は子供の時に何度もそこに足を運んだ覚えがある。地域住民が銭湯のような感覚で利用できる、アットホームな雰囲気の施設だ。

「ちびっこ天国」なるプールも地元民たちから愛されている施設の一つだ。「ちびっこ天国」通称「ちび天」にはその名の通り、ちびっ子たちが楽しめるようなプールがいくつもある天国のようなレジャー施設だ。
この施設の入り口前には坂道があるのだが、夏休みになるとその道には驚くほど多くの子供たち並んでいる。近隣の町や市からも子供たちが集まる、酒々井町を代表するレジャー施設だ。僕は子供の頃、この施設で売っていたベビーカステラを狂ったように食べていた思い出がある。

それ以外にも、地元で日本酒を作る蔵元の「飯沼本家」もある。かなり大きな酒蔵で、観光もできるそうだ。最近この飯沼本家のWebサイトを見てみたら、もの凄く格好良くなっていた。いかにも現代風のおしゃれなホームページと言ったふうで、地元にこういった素敵なサイトを持つ酒蔵があるのは素直に誇らしい。今度実家に帰省したらこの酒蔵に寄って、美味しい日本酒を買って帰ろうかと思う。

あとは、なんと言っても数年前にできた「酒々井プレミアムアウトレット」を語らないわけにはいかない。地元にアウトレットができるらしい、という噂が広がった時は町中が沸き立ったものだ。実際にオープンしてから行ってみるとものすごい人で、どの店もかなり混んでいた。
アウトレットには誰でも知っているような有名店が軒を連ね、これまで地元の若者が服を買う場所なんて「しまむら」くらいしか無かったのに、一気に町民の着る服の候補が増えることになった。

施設内には飲食店も数多く入っていて、寿司、ピザ、洋食、パン、などなんでもある。酒々井町についに「スターバックス」が出来た時は、僕も正直興奮した。このアウトレットの周りにはまだ手付かずの土地が残っており、今後も様々な施設や店ができるのだろう。オープンして数年経った今では平日こそ来場客はまばらだが、大型連休には地元住民は行くのを躊躇するほどの大勢の観光客が訪れる。

僕はこのアウトレットの近くにオープンした温泉施設に、これまでに20回以上は通っている。この温泉施設にはしっかりと天然温泉が備わっており、アウトレットの前に広がる広大な田園風景を眺めながら暖かい湯に浸かることができる。サウナも水風呂も完備、炭酸風呂や寝転び湯といった風呂もある。

食事処のメニューも豊富で、僕はこの温泉に行って風呂とサウナを楽しんでから、その体にビールを流し込むのを帰省した時のルーティンにしている。個人的にはこの温泉施設が酒々井町最大の魅力、だと思っているのだが、おそらくそう思っているのは僕くらいなので、ひとまずアウトレットが1番の魅力だと言っておこう。


改めて考えてみると、酒々井町という小さな町の中にこれだけ多くの施設が存在しているのは凄いことだと思う。人口2万人の小さな町でありながら、その中に数多くの住宅地、畑や田んぼ、商業施設、レジャー施設、飲食店があり、しかもまだ手付かずの森や林がいくつもある。この町に来てみると「ああ、田舎だな」と誰もが思うだろうが、駅から離れた場所には様々な施設が点在しているのだ。

今後もこの町はどんどん発展していくのだろうが、個人的には「ああ、田舎だな」と思わせるような雰囲気は消えないでほしいと思っている。だだっ広い何もない土地や鬱蒼と生い茂った森などが、田舎特有の雰囲気を醸し出していて、僕はそれが好きなのだ。

もちろん、地元民たちはその森を切り開いて生活が豊かになる施設を作ってほしいと思っているだろうが(僕も今この町に住んでいたらきっとそう思う)、それでも手付かずの自然の風景は可能な限り残しておいて欲しいと思っている。
それが僕が十数年間を過ごした故郷の風景であり、帰りたいと思える風景だからだ。

酒々井町は周りの大きな市に比べると見劣りしてしまうかもしれないが、それでもこの小さな町には様々な施設が詰まっている。もし酒々井町に興味があったらまずはアウトレットに行ってみて、それからハーブガーデンや飯沼本家などの施設に行ってみるのも良いかもしれない。

とはいえ、個人的にはアウトレットに行って、風呂に入ってビールを飲むのが一番おすすめなのだが…

…いや、なんでもない。

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おぎ | エッセイ・短編小説作家
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