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石川慎一郎先生「コーパスを用いた英語教育の新しい展開:指導から評価まで」を聞きました。

大阪大学マルチリンガル教育センター公開講座「英語教育オンラインセミナー」の第2弾,石川慎一郎先生の「コーパスを用いた英語教育の新しい展開:指導から評価まで」を聞きました。

他の回のまとめ記事はこちら。

第1弾: 新谷奈津子先生「ライティングにおけるフィードバックのありかた:第二言語習得研究の成果と課題」

第3弾: 亘理陽一先生「文法指導の文法: 機能とやり取りの観点から」

一言で感想を言うと,めちゃめちゃ面白かったです。

【英語力の現在地とゴール】L1コーパスと学習者コーパス

僕がこのセミナーを心から面白いと思えたのは,もしかしたらこの2年中学校・高校の現場で教えてきたという経験が大きいかもしれません。

と言うのも,特にライティングやスピーキングに対して,全国の同学年の学習者はどれぐらいできるんだろう?とか,どんなレベルまで連れて行くことを目指せばいいんだろう?みたいな疑問がずっとありました。

つまり「現在地」も「ゴール」もないんです。

COCABNCなど英語を母語として話す人々の発話やテクストをドカっと集めたコーパスは,「モデル」にはなるかもしれませんが,学校英語教育における「ゴール」に設定するのはちょっと難しいでしょう。

そこで学習者コーパスが有益になってきます。

英語の学習者コーパスとしては,学習者の英作文を集めたICLEと学習者の発話を集めたLINDSEIが有名です。

ただこの二つ,どちらも日本の学校英語教育で応用するにはちょっと物足りません。その主要な理由は3つ。

① アジアの学習者のデータが少ない
② 学習者の習熟度のデータがない
③ タスクが統制されていない

アジア特化型学習者コーパスICNALEの概要

そこで作られたのがICNALEというアジア特化型学習者コーパスです。

アジアの学習者に特化しただけでなく,学習者の習熟度の情報(A2, B1-1, B1-2, B2)を加え,タスクを統制しました。

つまり,同じタスクに対して色々なレベルの学習者が取り組んだデータが蓄積されているということです。

データの種類は,エッセイ(書いたままのもの / 業者が修正したもの),モノローグ,ダイアログそして評価データ(Global Rating Archives: GRA)があります。ちなみにモノローグやダイアログに関しては音声ビデオも収集されており,アジアの他国の学習者が英語を話す様子を見る・見せることができます。

他にも年齢やジェンダー等の学習者属性が調査されていたり,おそらくものすごい労力のかかるコーパスですが,データはオンラインで全面公開されております

評価データ(GRA)が面白い!

「評価データ」があることがこのICNALEをめちゃめちゃ面白くしていると思います。ライティングであれスピーキングであれ,英語教師であれば「評価ってなかなか難しいよね」という実感があると思います。

何を評価したらいいのかもそうですし,点数の付け方は結構主観的になりがちです。

ただ,主観も複数集まれば多角的な視点で見られた客観的な評価になり得ます。ICNALEでは複数の評価者が一つのテクストを評価しています。

また,教室で英語を評価するのは英語教師ですが,日常社会では自分の文章や発話を評価するのは教師ではありません。そして英語ネイティブとも限りません。

ICNALEではアジアで仕事として英語を使用している人,それもあらゆるバックグラウンドの人を評価者として入れています。

もちろん男女両方,高卒〜PH. Dまでの幅広い学歴,母語も様々,専攻する分野も様々…etc

幅広い人々に総じて良いと判断されるのはどのような文章か?

ということが分かるわけです。

これ,めちゃめちゃ面白くないですか?

やっぱ学校の英語教師はどうしても「教えたことができているか(規範から逸脱していないか)」とか「スペルミス・文法ミスはないか」といった点ばかりに目が行ってしまいます。

もちろん内容へのフィードバックをしようと思っていても,目の前にあるミスを放置しておくという判断は結構しづらいものです。(新谷先生のライティング・フィードバックの話にも,亘理先生の文法指導の話にも少し関わる部分ですね)

「英語で文章が書ける,まとまった内容が話せる」という力を学習者に付けてほしいと思ったときに,どうしても参照されるのは「英検」的な評価指標とかになりがちです。

でも「いろいろな人が読んで,総じて良いと思われる文章」を目指すのが学校英語教育としては目指すべき筋なのではないかと思います。

もちろん,「一部の人間にはめちゃくちゃ刺さる毒のある文章」とかも魅力的ではあるんですが,全ての学生が制度として受ける学校英語教育で目指すところではないでしょう。

ICNALEの評価項目は以下の10観点です。(各10点の計100点満点)

【英語面】
① Intelligibility ... (英語として)理解可能か
② Complexity ... 複雑な構造が使えているか
③ Accuracy ... 正確に書けているか
④ Fluency ... たくさん書けているか
【内容面】
⑤ Comprehensibility ... 内容が理解可能か
⑥ Logicality ... 論理的か
⑦ Sophistication ... 文章として洗練されているか
⑧ Purposefulness ... 文章の目的が達成されているか
【態度面】
⑨ Willingness ... 伝えたいという想いが見えるか
⑩ Involvement ... 聞き手を巻き込めているか

学習者コーパスで分かりそうなこと【Writing編】

この評価データも含めたICNALEの豊富なデータを援用すると,どんなことが分かりそうか。日本人のWritingについてのResearch Questionsとして以下の5つが提示されました。

RQ1: 作文における「日本人英語」とは?
RQ2: 日本人作文に文法エラーは多いか?
RQ3: 日本人作文の修正箇所は?
RQ4: 日本人作文は評価されているか?
RQ5: 良い作文とは何か?

全部取り上げるのもアレなので,個人的に印象的だったものについて書いてみます。

作文における「日本人英語」とは?

まずRQ1です。「日本人英語」と言われると多くの人が「発音」のことを思い浮かべるのではないかと思いますが,日本人の使う英語の特徴という意味ではもっと色々なところに「日本人英語」が散りばめられていてもおかしくありません。

ICNALEでは英語のネイティブスピーカーとの比較も可能です。そこで日本人がネイティブに比べて過剰に使用している項目を調べると,

・総称的人称 (we, peopleなど)
・I + 思考動詞 (think, believeなど)
・論理接続語 (so, first, secondなど)
・可能・強意の助動詞 (can, mustなど)
・縮約 (n't)
・例示 (For example)

といった項目が出てきました。
ちなみに総称的人称は中国やタイの学習者にも多いようです。

では,なぜそのような特徴が見られるのでしょうか。

これらの特徴はまさに日本の学校英語教育の現場が生み出しているものです。"I think ..."で始まる文で思いを伝えるといったことが学習指導要領に書かれているのです。
自分も中学生の頃にはI think... I think...ばかり使っていた記憶がありますが,自分が書いてるんだから自分がそう思ってるのは自明ですし,そもそもI think...は日本語で言えば「あくまで俺の意見なんやけど」みたいな,ちょっとした「遠慮」を表すことが多く,「自分の気持ちを伝える」という目的を果たす際に必須どころか,場合によっては無い方が良かったりします。

また教科書の本文は多くの学習者にとって理解可能であるように,短い文が並んでいることが多く,それらの文の論理関係を表すために"So"という論理接続語が教科書で多用されているのです。

ちなみに「英検のせいじゃない?外部試験が学校教育に入ってきちゃってるから,全く…」という声も聞こえてきそうですが,残念ながら"First, ... Second, ..."という英検でよく見る型は学校教育を司る学習指導要領でも提示されています。あの形で書くと,最後の一文(いわゆるOREOの最後のO)の前に"So,"と付けたくなりますよね。

日本人作文は評価されているか?

気になりますよね。

簡単に言ってしまえば,「そうでもない」そうです。

どんな部分を変えればもっと評価されるものになるのかというと,重要になりそうなのは内容の充実読み手意識です。

なんか「内容の充実」って,全てを包含している気がするんですが,さっきの評価項目の【内容面】の改善が必要ということです。(下に再掲)

【英語面】
① Intelligibility ... (英語として)理解可能か
② Complexity ... 複雑な構造が使えているか
③ Accuracy ... 正確に書けているか
④ Fluency ... たくさん書けているか
【内容面】
⑤ Comprehensibility ... 内容が理解可能か
⑥ Logicality ... 論理的か
⑦ Sophistication ... 文章として洗練されているか
⑧ Purposefulness ... 文章の目的が達成されているか
【態度面】
⑨ Willingness ... 伝えたいという想いが見えるか
⑩ Involvement ... 聞き手を巻き込めているか

日本人英作文の特徴として,

・個人の経験・体験・想いが「根拠」とされている
・細かい論理や定義が曖昧
・理由で相互独立的でない(複数の理由が同一の側面に関わっている)

といったことが挙げられています。

ちょっとこれらを踏まえてShould people stop smoking?というお題に対して日本人っぽい英作文を僕なりに書いてみました。

I think people should stop smoking. I have two reasons. First, my grandfather got sick because he smoked too much. I was very sad. Second, smoking is bad for our health. We should stay healthy. So, I think people should stop smoking.

I thinkとかFirst, Secondとかもさることながら,内容面が本当に乏しい英作文です。まぁ自分がこれまでに見てきた中学生でもこんな感じの作文を書く子はいるとは思いますけど,これを「英検対策」として何十人分添削する時が英語教師の仕事の中でも最も幸福度が低い瞬間の一つではないかと思います。(僕はそういう仕事を絶対にやらないと心に誓っています)

話が逸れましたが,内容面の乏しさを見ていきましょう。まず理由の一つ目は間違いなく「個人の経験・体験・想いが『根拠』とされている」と言えるでしょう。

そして二つ目の理由については,例えば"bad for our health"とありますが,この言葉はきちんと定義されていません。つまり「健康に悪い」とはどういうことかが分からないのです。
一口にhealthと言っても身体の健康だけでなく心の健康とかもあります。ちょっと無理のある例かもしれませんが,例のgrandfatherがタバコをやめたら肺は綺麗になったけど,毎日3箱のタバコを吸うという人生の大きな楽しみを奪われて心が病んでしまいソファの上からろくに動かない生活になったとしたら,それは「健康」と言えるでしょうか。その辺りが一切議論されません。

これがsmokingとhealthではなく,Olympicsとeconomyとかsocietyとかだったらどうでしょう。「経済的・社会的に良い・悪いって何かを定義しろよ」と誰もが思うでしょう。思ってください,お願いします。

そして二つ目の理由の"bad for our health"という部分への批判に一つ目の理由に出てきたお爺ちゃんが出てくる時点で多分ダメです。結局同じことを具体と抽象で言っているだけです。ちょっと英作文が酷すぎて例として極端かもしれませんが,全くもって「相互独立的」ではありません。

このレベルの英作文を「文法ミスはないから」「理由が2個書けてるから」(書けてないんだけど)とOKとする指導(?)が,共通テストレベルの問題でfact/opinionを見分けられなかったりする生徒を生み出している要因かもしれませんね。

それから「読み手意識」です。これは10観点のうち【態度面】に関する2観点の評価を上げることが重要です。

【英語面】
① Intelligibility ... (英語として)理解可能か
② Complexity ... 複雑な構造が使えているか
③ Accuracy ... 正確に書けているか
④ Fluency ... たくさん書けているか
【内容面】
⑤ Comprehensibility ... 内容が理解可能か
⑥ Logicality ... 論理的か
⑦ Sophistication ... 文章として洗練されているか
⑧ Purposefulness ... 文章の目的が達成されているか
【態度面】
⑨ Willingness ... 伝えたいという想いが見えるか
⑩ Involvement ... 聞き手を巻き込めているか

ここについては,僕自身ちょっと苦手かも…と思うところです。【内容面】について語ってる時はウザいぐらい軽快に書けたのに,ここについては筆が止まってしまいます。

Involvementの方はなんとなくどうしたらいいのか分かる気がします。石川先生は"You may think ... . However, ..."みたいな表現を使えると良いということを仰っていました。確かに。それぐらいなら指導できそうです。それにその表現を使えば自然と多角的な視点が取れるので【内容面】の評価も上がりそうです。

Willingnessの方は正直よく分かってないんですよね…。"I strongly believe that ..."とか"I am happy to share my idea with you."とか入れれば良いんでしょうか。ここはもうちょっと考えたいです。て言うか,もしかしたらセミナーの中で触れられていたのかもしれないですけど,僕のメモに残っていないので聞き逃したのかもしれないです。

これを読んでくださった方で何かアイデアをお持ちの方はコメント欄に書いていただくか,twitterinstagramfacebook等で連絡をいただければと思います。

こんな感じで分からないところもありながら,一つ決定的に思うのが,あるトピックについて「賛成」「反対」などの明確な立場を取り,その根拠を数十語で語る(というのを高校3年生までやる)ということが非常に反知性的だろうということです。

数ヶ月かけて数十ページ書いた卒論や1万5千語書いた修論でも正直「恥ずかしい」と思うレベルでしか書けていません。まぁそれは自分が悪いんですけど。

そういうことを考えると,いくら高校生とは言えいわゆる「英検ライティング」をゴールにするのは教育者として受け入れられないなぁと思います。

ちょっと今後は「英検を圧倒する英作文を書こう」みたいなライティングタスクも組んでみたいなぁと思った次第ですが,その際には評価者は僕(だけ)ではなくてトピックについてよく知っている方にも読んで評価してもらいたいですね。

外部評価者の方は教員ではないですし,「10観点」が大変であればM-1グランプリ的な主観に基づいた採点(とコメント)でも構わないかなと思います。

テーマによっては理科や社会の教員とコラボしたり,国語科教員にも読んでもらって「論理」とか「定義」とかの弱さや育て方について言語教育者として一緒に考える機会にしたりできたらいいなぁとも思います。

ただ職員室での根回しが苦手というか下手くそというか嫌いなのでちょっとその辺は気が重いですね。いないとは思いますが,もしこの記事を読んでいる僕の勤務校の英語科以外の先生がいらっしゃれば,(興味があれば)声をかけてもらえると嬉しいです。

あ,あとライティングやるならフィードバックも考えなきゃ。(何度も恐縮ですが,新谷先生のセミナーのまとめを貼っておきます。)

学習者コーパスで分かりそうなこと【Speaking編】

セミナーの時間の関係でSpeaking編はサラッと行きましたが,結構面白かったので6つのRQとその答えを一気に書いていきます。

RQ1: 日本人は話せない,のは本当か?
→ YES。日本と韓国は顕著に低い

RQ2: 日本人の英語発音は独特なのか?
→ YES。でも,みんな独特。「日本人だけが独特か?」といえば,NO。

(RQ3は最後に回します)

RQ4: タスクの内容によっては日本人は話せるのか?
→ NO。意見表明とかじゃなくて,Picture Descriptionとかでさえ発話量が少ない。

RQ5: 日本人はジェスチャーなら使えるか?
→ NO。てかコーパスでジェスチャーの量まで分析できるのやっぱすごい。

RQ6: 性別は日本人の発話量に影響する?
→ YES。女子は男子より話さない。

そして個人的に一番考えさせられたのが,RQ3です。

日本人が話せないのはそもそも無口だから?

→ Maybe YES。ICNALEのデータを取るスピーキングタスクの後に母語でのやり取りもしたそうなのですが,日本人は母語での発話量と英語の発話量との相関が中程度あった(0.35~0.44)らしく,大してTOEICスコアとの相関はほぼなかった(0.25)とのことです。つまり英語での発話語数に対して,元々の口数の方が英語力よりも強く影響を与えている可能性があるのです。

英語教師としては「もっと話してほしい」とか「うちの生徒たちはまだまだ話せなくて」とか思うわけですが,「まぁ,そもそも日本語でも無口なんで」となったときに,「無口は能力の欠如なのか,個性なのか」「無口は改善すべきことなのか」といったことがここでは問題になり得るでしょう。

僕自身も「とにかく話してみよう」「積極的に話をしよう」と話すことをやたらと強要する英語教育には結構疑問を抱いています。この辺りは仲潔先生の論考『<コミュニケーション能力の育成>の前提を問う—強いられる<積極性/自発性>』でも触れられています。また近いうちにYouTubeやnoteで紹介する予定です。

雑感(既にかなり長くなっているので,手短に)

今回は初めて石川慎一郎先生のお話を聞かせていただきました。

正直に言うと,コーパスについては自分はかなり不勉強かつ,DDL(Data Driven Learning: コーパスを使って英語の表現を帰納的に学ぶ的なやつ)をあまり信用していなかった部分があって,コーパス研究者の石川先生のお名前すらも存じ上げませんでした。(ICNALEはギリギリ名前を聞いたことはありました。なんかJ3ぐらいにいそうなサッカークラブの名前っぽいなと思っていました。)

内容的にはやはり自分が不勉強だっただけで(学習者)コーパスを用いた英語学習・英語指導にはまだまだ可能性が広がっていました。

内容とは関係なく印象的だったのは石川先生のトークスキルです。心地よい関西訛り,小気味良いテンポ感,自分のような素人にも分かりやすく楽しめるポップさがありながら,英語教育への憤りも同時に感じられました

めちゃめちゃバランスが良くて,英語教育批判を笑い話みたいなテンションでしつつ,実際は目が全然笑ってないみたいな瞬間もあって,「なんか良いなぁ」と薄い感想を持ちました。

ちなみに石川先生のホームページの院生募集の欄を見ると研究に対する厳しい目がめちゃめちゃ伝わってきます。

冷静に考えれば,ただの「面白おかしく話すのが上手な穏やかな先生」が膨大な言語/非言語データを蓄積するのは無理でしょう。

実際の凄さと,凄そうに見せない力が圧倒的でした。



凄かった。


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