ルトスワフスキ

森下さんから「もっと知りたい」というキーワードにルトスワフスキが挙げられていたので、ざっと概略を書いてみます。
(フラクタルについては、譜例の画像を作ったりとそれなりの時間がかかりそうなので、また後日とさせていただきます)

ヴィトルド・ルトスワフスキ(1913-1994)は、ポーランドが誇るショパンやシマノフスキなどを経て、戦後に活躍したいわゆるポーランド楽派の世代では、最も重要な位置を占める作曲家です。(同世代や少し後には、クシシュトフ・ペンデレツキ、ヘンリク・ミコワイ・グレツキ、タデウシュ・ベイルド、カジミェシュ・セロツキなどがいます)
初期作品の「パガニーニの主題による変奏曲」は2台ピアノのレパートリーとして重要です。交響的変奏曲、交響曲第1番(これは前衛過ぎるとして戦後のポーランド政府から演奏禁止を受けた)を経て、戦後は「小組曲」「クラリネットと管弦楽のためのダンスプレリュード」そして創作前期の頂点となる「管弦楽のための協奏曲」に至ります。ここまでの彼の作風は、調性を基盤として少し調性を逸脱した、例えばバルトークやプロコフィエフの中期くらいのような、戦後前衛とまでは行かないクラシカルな作風です。これはもちろん戦争によるナチスドイツの占領期を経て、戦後のポーランドがソ連の衛星諸国となって、前衛芸術を規制されたことが大いに関係しています。
しかし1958年、ポーランドは芸術面に関しては東欧では例外的に西欧の前衛路線を認めるという方針転換が起こります。映画ではアンジェイ・ワイダなどがこれに反応して「ポーランド派」と呼ばれる新たな動きを作りました(映画「地下水道 Kanal」など。それの音楽はヤン・クレンツによる十二音技法のテーマ曲)。現代音楽分野でも「ワルシャワの秋音楽祭」が東欧における重要な出島として西欧前衛音楽との接点となりました。
同時期にルトスワフスキは、西ドイツからの短波放送でジョン・ケージの「ピアノと管弦楽のためのコンサート」を(何かの弾みでたまたま)聴き、これが彼の作曲理念を根本から変えるに至ります。そしてケージの偶然性、さらにブーレーズの管理された偶然性の理念を知るに至り、自らもその作風を根本的に変化させます。まず「葬送音楽」という習作を書いて、12音を縦に並べていくというやり方で(シェーンベルクよりはバルトークに近いアプローチで)無調音楽を模索します。その次に「ヴェネツィアの遊戯」という作品で、アンサンブル(室内オケ)をグループごとに分けて、指揮者が合図したり、奏者間同士で聴きあったりして複数のテンポが複数の人からキューとして発せられて、それによりカオティックな音響が生まれ、しかしながら縦の響きは(葬送音楽での書法を経て)全体でどのようなハーモニックフィールドが鳴るかは作曲者の意図の手中にある。これがルトスワフスキ流の管理された偶然性である、という作風を打ち立てます。(ハーモニックフィールドはベリオも同様の作風を打ち立てています)
この「複数同時進行のテンポをキューだしで管理する」というやり方はその後も発展し、「弦楽四重奏曲」「交響曲第2番」などの実験期を経て、「オーケストラのための書」「チェロ協奏曲」(ロストロポーヴィチのために作曲し、初演のレコーディングではデュティユーとの交流も生まれ、両者が相互に影響を受けた)のような秀作を生み出します。最高傑作として名高い「交響曲第3番」で彼の作曲活動は頂点に達しますが、この曲は明確な中心音Eと、第2番に比べて伝統的なわかりやすさも持っています。ベートーヴェンの交響曲第5番に匹敵するようなミミミミという4音の動機が事あるごとに出現することによって、伝統的なソナタ形式のフォームを構成しています(序奏、第1〜第3主題の提示と、後半の長大な展開部、クライマックスとコーダ)。同時に「ヴェネツィアの遊戯」以降に試みられたフリーテンポとキュー、それと伝統的な拍子を持つ部分が交互に現れる様式を持ち、彼はそれをチェーン形式と名付けています。
1980年代以降は中心音を明確に持ったある意味調性回帰的な作風となり、この時期の「チェーン2」(実質的なヴァイオリン協奏曲)、「ノヴェレッテ」「歌の花と歌のお話」などはある意味諧謔的な要素も出てきます。晩年は「ピアノ協奏曲」を経て、オーケストラ作品としての最後の曲は「交響曲第4番」で、これは第3番に比べて短くおとなしいためあまり顧みられませんが、和声的な語法としては最晩年ならではの成熟した書法が見られます。(絶筆となった最後の曲はチェロとピアノのための「スビト」)
より詳しく知りたい方は、スティーブン・スタッキーというアメリカの作曲家が1980年にまとめたルトスワフスキの英語文献がとてもわかりやすいですが、交響曲第3番より以前の文章のため、それ以降の作品には触れられていないのが惜しいところです。ナクソスからアントニー・ヴィト指揮ポーランド放送交響楽団のオーケストラ作品全集のCDシリーズが出ており、これの日本語版の解説書は、体系的にルトスワフスキの音楽を知るのにはとても良い資料です。


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