毛嫌いされる言葉『性』について。
よく日常の中で“性的な言葉”や“性的な描写”、“性欲を露わにした行動・誘惑”などを感じる時があると思う。そして性に関することがとてもイヤらしく感じてイヤな気分を感じてしまう。
こういった経験から“性”に関することが匂うと距離をとって、匂わしてくる人を毛嫌いしてしまう。だが人によっては、場を和ませたり笑わせたりする道具として使い、楽しむ空間を作る。
このように性に関することにポジティブなイメージが多くなれば、性教育が浸透して知識がつきやすくなる。そもそもそんなに性に関することはイヤらしくて、汚らしいものだろうか。
そもそも性に関することは、動物自体に元々埋め込められている子孫残存機能な訳である。動物が未来に向けて形を残すためには、無くてはならないモノなわけである。
そのために遺伝子が体の中にあるわけであるが、人間だけは脳が発達してしまって性的興奮を異性に対してむやみに解放して快感を得ようとする。だから性が汚らしくなってしまう。
人間以外の動物のように、ただ生殖行動だけに使われるのなら何もイメージが悪くなることは無かったと思う。だが性が人間を傷つけたり生きることに支障を負わせてしまうことがある。
性衝動に駆られると人間の理性が効かなくなるから、とても怖いものである。男性は特に男性ホルモンが活発になると、欲求が止まらなくなってしまう。盛んになった場合に、冷静になれる力を養うことが求められる。
私自身男性であるため、欲求に支配される時があるが、自分なりにコントロールすることは出来ている。コントロールできる人間が多くなれば、性のイメージを変えられる。
性で人を傷つけないものになっていければ、望まない妊娠が減ればいいと切実に願っている。そして人を傷つけないものであってほしい。