老人と花
オレンジ色の小さな花が咲いていた。
でも、今は秋だから、黄色や赤に色づいた景色の中では目立たない。
誰もが花壇に咲くこの花の前を、足早に通り過ぎていた。
おじいさんはため息をついた。
今日もまたこの花壇には誰も見向きもしないのだろう。
彼は自宅の前にあるこの花壇を一人で世話していた。
このおじいさんにとって花は、自分を表現するほとんど唯一の手段だった。
彼は子どもの頃に花に魅入られ、以来ずっと、自分の気持ちや感情に合わせて、いろんな花を育ててきた。
世の中には花言葉というものもあるけれど、このおじいさんはそんな出来合いの表現は使わなかった。
彼はただ、自分が感じるがままに花を選び、植えた。
そうして出来上がったものは、たとえばよくできた絵画のように、注意して見れば、確かに意味のあるものだった。
若い頃は友達が、おじいさんが作り上げたそんな作品の数々を、とても丁寧に見てくれた。
友達の結婚式の際には花束を作って、夫婦ともにたいそう喜んでくれた。
だけども、年を経るごとに、友達はだんだんとおじいさんの作品から遠ざかっていった。
花を見てくれたときの感想も、型にはまったものになっていった。
そのうち花で、友達に何をどんなに訴えかけても、伝わらなくなってしまった。
その友達は、定年後すぐに亡くなった。
だから、今ではおじいさんは一人で、この花壇を街行く人に向けて作っていくしかなかった。
誰が見るともわからないこの花壇を、毎日せっせと世話するしかなかった。
朝の心地よい日差しの中で、いつしかおじいさんは、うとうとと寝てしまった。
冬が近いとはいえ、日差しはまだ暖かい。
突然、はっと目が覚めた。
誰かが花壇に触れたのに気づいたからだ。
見ると黄色い帽子をかぶった小学一年生くらいの女の子が、オレンジ色の花に手をかけている。
「コラ!」とおじいさんは女の子に向かって叫んだ。
「花に触るんじゃない!」
女の子はびくっとして、手を引いた。
でも、立ち去ろうとはしなかった。
おじいさんは不思議に思った。
どうしてこの子は怒鳴られたのに、逃げていかないのだろう?
「お嬢ちゃん、花は好きか?」
女の子はこっくりとうなずいた。
「じゃあ、どうして花をもぎ取ろうとしたのかね?」
女の子は少し首を傾げてから、
「これが必要な人がいるの」
と言った。
「花が必要な人?」
おじいさんが尋ねると、女の子は再びこっくりとうなずいた。
おじいさんは目を上げた。
周りを見渡すと、路上で耳を押さえてうずくまっているオフィスレディの姿が見えた。
おじいさんは目を下ろして、
「彼女のことかい?」
と女の子に尋ねた。
女の子は三たびこっくりとうなずいた。
「それなら、一輪だけもぎ取って、持っていってあげなさい」
おじいさんはそう言うと、ポケットの中からハサミを取り出して、女の子がさっき手にしたオレンジ色の小さな花を切り取ってやった。
女の子はそれを手にすると、目を輝かせて、大きすぎるランドセルを揺らしながら、オフィスレディの方へ駆けていった。
おじいさんはその後ろ姿を、いつまでもじっと、見つめていた。