駅の先の、騒がしい世界の、小さな少女
私は真っ白なホームの上に降り立った。
満員電車だったせいで、冬なのにコートが汗で濡れている。
きっと隣にいたあの太ったサラリーマンの汗だ。
私はちょっと匂いを嗅いでみて、気持ち悪くなったから、カバンの中から消臭剤を取り出して自分に吹きかけた。
その様子を横目で見ながら通り過ぎる、痩せた白髪混じりのサラリーマンが目についた。
そもそも私は人が嫌いだ。
今やっている受付の仕事だって、無理して愛想笑いを作りながらやっている。
おかげで仕事が終わった頃には毎回、顔の筋肉が引きつって、ご飯をうまく食べられない。
3年勤めたし、そろそろ辞めようと思っている。
重い足を引きずって、改札に向かう。
ああ、また朝が始まってしまう。
そうしてまたあのお局の小言を聞いて、課長の相手にするのもつまらないセクハラを受けて、お客の長くてイライラする話に付き合って、一日が終わるんだ。
ふと、目の前を、黄色い帽子をかぶった小学一年生くらいの女の子二人が、大きすぎるランドセルを背中で揺らしながら、通り過ぎた。
(あの子たちは、ランドセルが重くないのかな……)
私は自分の荷物を軽いと思ったことがない。
むしろ、歳をとればとるほど、私の荷物はどんどん重くなっているような気がした。
そうして今では、自分の体まで重かった。
「私、このまま死んじゃうのかな」
そんな言葉が不意に口をついた。
隣を早足で通り過ぎたおばさんが、びっくりしたような目で私を一瞬見つめた。
どうしてそんな言葉が口をついたのか、自分でもわからなかった。
でも、死ぬということには、深く確信していた。
急に通りの音が騒がしくなった。
隣にあるパチンコ屋の音が耳に響いてくる。
車の音が肌を震わす。
道ゆく人の足音までもが、一つ一つはっきりと聞こえてくる……。
私は気持ち悪くなって、耳を抑えながらしゃがみこんだ。
でも、音はますますはっきりと聞こえてくる。
耳に手を強く押し当てれば押し当てるほど、どんどん大きく、どんどんはっきりと聞こえてくる。
私はもう、いっぱいいっぱいだった。
そして、こんなに騒がしい世の中に自分は生きていたことに、私は初めて気がついた。
私は今までどうやってこんな騒がしい世界で生きてきたのだろう?
もう、何もかもがどうでもいい。
この世界から自分を消してほしい。
私はただ、それだけを願っていた。
無関心に通り過ぎる足音ばかりの中、小さな足音が二つ、私の前で止まったのに気がついた。
「おねえちゃん、これ、あげる」
見上げると、さっき自分の前をぴょんぴょん通り過ぎていった、あの黄色い帽子の女の子が立っていた。
その手には、オレンジ色の小さな花が握られていた。