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さよ と わたし

わたしはランドセルを机に置いた。
まわりは「おはよう」の声で溢れていて、ちょっと騒がしい。
もうすぐ朝の会だから、友達がどんどん、教室に入ってくる。

「ねえ、よっちゃん」

わたしは後ろに座った女の子に言った。

「さっきのおねえさん、大丈夫かな?」

「そうだね、心配だね。でも、さよがお花をあげたら、ありがとうって笑顔で言ったから、きっと大丈夫だよ」

「そうだよね、きっと大丈夫だよね」

わたしはさっき通学路の途中で会った、道の真ん中でうずくまっていた女の人が心配だった。
耳を抑えて、とても気持ち悪そうにしていたからだ。

「ねえ、それより、さよ、今日は何して遊ぶ?」

「そうだなあ……」

「さよ、またぼーっとしてる」

「う……ん」

最近のわたしは、なんか変だ。
自分でも変だと思う。
だって、前みたいにすぐに気持ちが切り替わらないんだから。
今だってほら、さっきのおねえさんのことを心配してる。
前なら心配事なんてすぐに忘れて、思いっきり絵を描いたり、おしゃべりしたりできたのに……。

いつの間にかチャイムが鳴った。
わたしはまた、ぼーっとしながら、椅子に座った。

「はーい、みんな、おはよう!」

いつの間にか先生が入ってきて、

「起立!礼!」

「おはようございます」

いつの間にか朝礼が終わって、

「じゃあ、今日は算数からだね」

いつの間にか授業が始まった。

それでもわたしはまだ、ぼーっとしていた。

ふと、先生が黒板に何かを書いているのに気がついた。
それは文字のようだった。
「のようだった」というのは、さよは別に勉強不足だったわけじゃない。
そこに書いてあるのは確かに「1+1=2」という形だった。
でも、わたしには「形」としか言えなかった。
「1+1」は学校や家で何度も解いたはずなのに、今のわたしには得体の知れない形にしか見えなかったんだ……!

「さよ……さよ……!」

誰かがわたしを呼ぶ声がした。
後ろに座っているよっちゃんだ。

「ほら、先生が呼んだよ!」

「え!?」

わたしは急いで立ち上がった。

「ささきさん、大丈夫?」

「え……、は、はい……」

さよはまだ半分夢見心地な中で答えた。

「そしたら、3番の問題を解いてくれるかしら?」

「3……ばん……」

さよは教科書を慌てて取り出した。

あれ……。

わたしはどうしてここにいるんだっけ?

さよって、誰だっけ?

わたし、どうしてこんな紙の束を持っているんだろう?

さよにはもう、何が何だか分からない。
教科書を持っている手がぐるぐる回っている。
目を上げると、たかだ先生の姿までぐるぐる回っている。
ぐるぐるぐるぐる、見える全てが回って見えて、わたしはぺたんと、椅子に腰を落としてしまった。

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Takuto Ito
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